横板に雨垂れ

どーもオリゴ糖

2010年05月11日 16:03

「立て板に水」という表現がある。
「広辞苑」では「弁舌がすらすらとしてよどみのないさま」という説明だ。
この慣用句、プラス評価の言葉なのだろうか?

もちろんプラスで使われることもあるだろう。
アナウンサーや司会者には「立て板に水」の喋りが要求される。
特にスポーツ、競馬などの実況放送にはこの能力が欠かせない。

ところが、講演会やセミナーなどでこの話し方をされると、頭にも心にも一向に残らない。
一本調子で一方的な話は、一つ一つの内容はわかったつもりになっても、
終わってみると印象に残らず、何か物足りない感じがするのだ。

それよりはボソボソ、ポツリポツリという語り口の方が心に響く。
考えながら言葉を選んでいる、という感じが私には好ましく思える。
素朴というか木訥(ぼくとつ)というか、信じていい気がする。
俳優で言えば宇野重吉、笠智衆、大滝秀治といったところか...。

スラスラと話す所もあっていいいのだ。
要はメリハリの付け方、間の取り方であると思う。
絶妙の「間」は聞き手を引きつけ、考えさせる効果を生む。

実は私も、つい早口で一本調子になりがちなので気をつけている。
保護者との面談の際にも、意識的に間をおくことがある。
強弱をつけるとともに、最もふさわしい言葉を探しているのだ。

「立て板に水」の反対は「横板に雨垂れ」と言うそうだ。
何にでも効率が求められる時代、この「横板に...」こそもっと評価すべきではないか。
話す方も聞く方も、本当の贅沢な時間を共有できると思うのだが...。

NHKのアナウンサーの原稿を読むスピードが、数十年前よりずいぶん速くなっているそうだ。
昔のニュースや野球中継の放送を聞くと、ずいぶん悠長に聞こえる。
それだけ早口に慣れてしまったということか...。

芸能で「間」の取り方が悪いことを「間抜け」と言った。
「まぬけ」の語源である...。














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