「思う」と「考える」(その1)

どーもオリゴ糖

2011年02月11日 12:00

以前読んだ大野晋の「日本語練習帳」にこんな記述があった。

 「思う」と「考える」は似たような意味だが、
 たとえば「思い出す」と「考え出す」、「思い込む」と「考え込む」では
 全く意味が変わってしまう。


なるほど、と思った。
挙げられた例ではみごとに意味が違う。

これは生徒にも使えそうだと、さっそく教材に盛り込んだ。
両者のニュアンスの違いを説明させるものだ。
そっくり真似てはつまらないから、他にも例を探す。
これと言ったものがなかなか見つからない中で、
次の2組は違いが微妙で興味深かった。

(その1)「思い違い」と「考え違い」

皆さんなら、この2語の使い分けをどう説明しますか?

「思い違い」は単なる勘違いというイメージがある。
新解さん(新明解国語辞典)にもそうある。

問題は「考え違い」の方だ。
頼りの新解さんには見出し自体がない。
広辞苑では「まちがった考えをすること。思い違い。」となっている。
実は広辞苑の「思い違い」も「考え違い」とイコールの説明で、2語の明確な区別はない。

だが、私にはこの2つ、明らかに違うように思われてならない。
「思い違い」は笑って済ませられるが、「考え違い」の方は深刻な感じがしないだろうか...。

「考え違いも甚だしい。」
「それは考え違いというものだ。」


人として間違った考え、道義的・道徳的に良くない考えに使われるように思う。
生徒にもそんな解説をしていたが、自分の感覚に今一つ自信が持てない面もあった。

ところが最近になって、私の説を裏付けてくれる辞書に出会ったのだ。
岩波書店から刊行された「日本語語感の辞典」(中村明著)。
新聞等でずいぶん話題になり、amazonでも一時品切れで待たされた。

この辞書、普通の辞書と違い、多くの言葉を網羅しているわけではない。
似たような意味の言葉をどう使い分けるかの解説に特化された辞書なのだ。

まさに、これこそが私が求めていたものである。
今までの辞書では満たされなかった部分を、しっかり埋めてくれる。
さっそく、載っていることを期待して引いてみた。

結果は十分満足に値するものだった。

「思い違い」の項には「単純な誤解」、
「考え違い」には「道理や道徳に反する意味合い」という記述がある。


みごとに期待に応えてくれた。
私の感覚は間違っていなかったのだ...。

久しぶりに読んで楽しい辞書に出会えた。
これから先、、せいぜい活用したいと思う。

「思う」と「考える」の違い、その2は次回に...。
















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