なまえ随想~その1~

どーもオリゴ糖

2010年05月19日 13:03

子どもの名前を付けるとき、かつては言葉や漢字の意味に重きを置いていた。
従って、性別によって使われる漢字がだいたい決まっていた。
「勇」「剛」「武」「毅」など、たくましさを感じさせる漢字は男の子。
「美」「香」「愛」「麗」など、美しさや優しさを漂わせる漢字は女の子...。

その名を付けられた子どもの側も、多かれ少なかれ、名前の持つ意味を意識していたように思う。
親の期待が込められた名前に恥じないような人生を送りたい、と考える者も多かった。
そこまで深刻に考えなくても、たとえば「孝行」という名前だったら、
「俺は名前どおりに親孝行しているだろうか?」と振り返ることもあっただろう。
「良」「善」が入っていたら悪事には決して手を染めないでおこうと自戒したり、
「志」「雄」があれば夢を大きく持って生きようと決意したりするのも自然な流れである。
これも「言霊」の一つの例と言えよう。

「名前負け」という言葉があるのも、それだけ名前の意味を意識していた証だろう。
ただ、これには本人の努力では如何ともしがたい面もあるので気の毒ではある。
名前に「美」「剛」が入っているのに外見がそれに伴わないことで、
コンプレックスを持っている人も少なからずいると思う。
まあ、本人が思っているほど、周りは意識していないことが普通だが...。

実は私も自分の名が好きではない。
男の名前としてあまりにも弱々しい感じがするのだ。
波風を立てぬように平々凡々と...というメッセージしか聞こえてこないのだ。
書いたときの印象も、いかにも細い!

自分の外観が名前の印象どおりではないか、というコンプレックスがあるのでよけいにそう思う。
だからこそ、内面はそうではない!という信念を持って生きてきたつもりだ。
世の中に流されまい、俺だけは違う、と意地を張ってきた面もある。
人から「変わっている」と言われることを好み、
小さな幸せより波瀾万丈の人生に憧れてきた...。

こう考えてみると、今の自分があるのも、親が付けてくれた名前のお蔭だと言える。
それを反面教師として生きてきたのだ。

名前は一生付いて回るものだけに、人に与える影響は大きい。
次回はその音(響き)について書こうと思う。






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