「100円ライター」が姿を消すかも知れないという。
使い捨てライターの安全規制が強まったからだ。
幼児の火遊びによる事故が増えていることを受け、
子どもには簡単に着火できないような構造にするとのこと。
構造が複雑になれば、当然「100円」では販売できなくなるだろう。
子どもの火遊びは昔からあった。
悲劇につながることもあっただろう。
しかし、だからと言って火を暮らしから排除することはできなかった。
火がなければ日々の生活ができなかったからである。
人間は火を扱う術を手に入れることで進化した。
そして長い歴史の中で、火が持つ便利さと怖さの両方を体験してきた。
だから子どもに対しても、火を遠ざけるのではなく、
火との正しい付き合い方を教えてきたのである。
現代は
「火のない暮らし」が進んできている。
冬はエアコンや床暖房で暖まる。
ファンヒーターも、火を使っているという感覚は少ない。
調理にも火を使わない「オール電化」とやらが人気だ。
いつかの「天声人語」に、火を
「くべる」という言葉が死後に成りつつあるという話があった。
マッチを擦れない子どもが多いという。
何でもスイッチONですんでしまう生活を送っていればそうであろう。
火のありがたさも怖さも知らない世代が、これから増えていくことになる。
長男が小学生の頃、石油ストーブの天板に脱衣カゴを乗せてしまったことがある。
プラスチック製のカゴは簡単に溶けてしまい、危うく火事になるところだった。
それまでファンヒーターしか知らなかった彼は、天板が熱くなることを想像できなかったのだ。
我が家では3年前に薪ストーブを導入した。
焚き火が好きな私の「火遊び」のようなものだが、炎を見ていると落ち着く。
実際の暖房能力以上のぬくもりを感じる。
スイッチ一つで着火というわけにはいかないが、
焚き付け材から火を大きくするのも楽しみの一つである。
風呂釜も灯油と薪(ゴミも)両方焚けるタイプにこだわった。
調理には当然ガスである。
オール電化とは程遠い生活を送っている。
火のある暮らしを大事にしたいのだ。
「安全」「安心」「快適」などの美辞麗句のもと、暮らしからどんどん火がなくなっていく。
野焼きも焚き火も気軽にはできなくなった。
はたしてこれは進歩なのだろうか?
ライターの事故が多いなら、子どもの手の届かないところに置けばいいだけだ。
そして、親の立ち会いの下で火の扱い方を教えることだ。
日々の暮らしの中で無理なら、キャンプに連れ出してもいいし、
河原でバーベキューをするだけでもいい。
ひたすら火を遠ざけることばかりに目を向けていては、
いずれまた事故が起こることになるだろう。
危険の回避を道具だけに頼っていては、人間は退化するばかりである。