2011年09月20日

市議会選挙に思う

騒々しい選挙戦が終わった。
絶好の昼寝どき、大音量にさんざん悩まされたものだ。

あの選挙カーでわめき回る運動は、はたして効果があるのだろうか?
名前と「がんばります」「お願いします」の連呼ばかりで、政策なんて何も伝わってこない。
私など、あまりうるさい奴は、それだけで入れたくなくなる。

昔、小さな町(〇〇郡✕✕町)に住んでいた頃、
隣の集落から新人(若くはないが...)が町議選に立候補したことがある。
私がいた集落は小規模で神社もなかったので、祭りや老人会など、
そのムラと行動を共にすることが多かった。
その候補者自身のこともよく知っていたし、お世話になったこともある。
立候補したからには、受かってくれればいいなとは思っていた。
気楽に構えていたのだが...。

ほどなく、田舎特有の選挙合戦に巻き込まれることになる。
まずは壮行会のお知らせ。
続けざまに、各人の役割分担表が回ってきた。
知らない間に「広報班」に振り分けられている。
なんだこれ?
...そんなこと一言も聞いてないぞ!

自分たちの地区から立候補者が出たら、心情的に応援しようという気はわかる。
ただ、その人物に投票するか否かは別問題である。

わがムラから議員さんが出れば、ムラの公共問題に予算が回ってくる、
自分たちの地区が少しでもよくなる...。
そんな気持ちの人が、田舎であればあるほど多いのが実情だろう。

だが、そんな「せこい」考え方で町会議員を選ぶべきではない。
その頃、町は「平成の大合併」問題にどう対応するか、方向性が問われていた(結局吸収合併された)。
自分のムラのことより町全体のことを優先して考えられる人こそ、議員にふさわしいのではないか...。

結局、私はその選挙に一切協力しなかった。
壮行会だけは出て、候補写本に人直接考えを伝えた。
個人としては応援するが、ムラぐるみの選挙戦には協力できかねると...。
快く了承してもらい、あとは大家さんにだけ意見を話し、
その他大勢には仕事の忙しさを理由にごました。

最終的には私もその人に投票し、無事当選した。
祝賀会にはもちろん出席しなかったが...。

今のムラでも、地区から候補者が出れば同じような展開になるだろう。
密かにそれを恐れている。
街から近いのにムラ意識が強く残るここでは、
前のようにすんなり受け流すわけには行かないかも知れない。

誰に投票するかは、いつも選挙公報を見て決める。
今回もじっくり読んでみたのだが...。

皆同じようなことばかり書いていて、伝わってくるものがない。
万人受けを狙ってあれもこれもと詰め込んでいるので、
この人に!という決め手がないのだ。
これでは、誰々さんに頼まれたからとか、地元の人だからという理由で入れるしかない。
投票率が過去最低の46%に留まったのも頷けるというものだ。

相も変わらぬ地盤、看板、カバン頼みの選挙戦...。
主義・主張や公約で争うという理想が実現するのは、特に地方議会の選挙では、当分難しいようである。








                 ※画像は松代の山寺常山邸。  


Posted by どーもオリゴ糖 at 12:43Comments(2)よしなしごと

2011年09月06日

熟成を待つ

先日新聞に、長野県家庭教師協会のチラシが入ってきた。
いわく、普通の個別指導塾では自習の時間が多いが、
家庭教師なら先生を独り占めできてたくさん教えてもらえるetc....。

これを読んで、やはり家庭教師は高いだけのことはあると思う人も少なくないだろう。
だが、はたしてこれは、生徒の力を育むための理想の指導なのだろうか?
教えれば教えるほど、子どもは伸びるのだろうか...?

答はNoである。
たくさん教えてくれる先生、わからなかったらすぐに教えてくれるのが
いい先生というのは大きな誤解だ。
平均レベルの高校には入れればいい、合格さえすれば高校でつまずいても構わないということなら、
ひたすら教え込めばどうにかなるかも知れない。
しかし、それ以上の力を子どもにつけさせたいのであれば、この方法では限界がある。
少しわからないとすぐに解き方を教わろうとするようでは、
これから先の長い人生、壁にぶつかるたびに挫折することになりかねない。

子どもたちには、自分の頭で考える時間が不可欠である。
教わったことを咀嚼し、消化する時間が絶対に必要なのだ。
意味もわからずただ丸暗記するだけでは、すぐに忘れるし応用が利かない。
新たに得た知識を自分なりに納得し、腑に落ちるまで考えぬく体験を積むことは、
必ずや将来の糧となることだろう。

次から次へ教え込んでいては熟成の時間が取れない。
あえて全部を教えず、ヒントを出したり自分で調べさせたり...。
自分で考えることを促し、生徒の思考を邪魔しない、
必要があればその子の思考に沿った的確なアドバイスを与える...。
そんな指導こそが真の理想型ではないだろうか...。

私も経験があるのだが、家庭教師という形態はどうしても教えすぎてしまう傾向にある。
高いお金をもらっているのだからという意識も働くし、何より1対1だと暇なのだ。
親がお茶でも持って来ようものなら、ここぞとばかり熱心さをアピールして教え込んだり...。
生徒は一方的に教えられるだけで、自分で考える余地はほとんどない。
ちょっと考えてわからなかったら、訊けばすぐ教えてくれるのだから...。
結果として、困ったら人に頼ればいいという受け身の人間を生産することになってしまう。

これは、親がわが子に教える場合にも少なからず共通することだと言えよう。
自分も含め、わが子に対してはどうしても教えたくなってしまう...。
イライラが先に立って、ゆとりを持って接することができないのだ。

勉強に限らず、大人が子どもに何かを身につけさせようとすると、
つい先回りして教え込みたくなるものである。

その方が手っ取り早いのだ。
しかし、上述したように、それでは子どもは成長しない。
教えすぎない我慢、内なる熟成を待つ忍耐こそが肝要である。
親には、子どもの可能性を信じて長い目で見守っていただくようお願いしている。






  


Posted by どーもオリゴ糖 at 12:02Comments(2)よしなしごと

2011年08月27日

買ってしまった...

子どもが小さい頃は写真をよく撮った。
一眼レフを買ってからはカメラの世界にのめり込み、
絞りやシャッター速度、構図や測光方式などについて勉強したものだ。

やがてはキャノンNEW F-1というマニュアル機の最高峰機種(ボディだけで10万はしたと思う)を
手に入れ、オートに頼らない撮影を楽しんだ。
子どもを始め、人物の写真ではあえて逆光や半逆光で撮ってラインライト(輪郭が光る)効果を狙った。

当然のことながら、まだ銀塩カメラの時代だったのでお金はかかった。
フィルムはリバーサル(スライド用)のASA50
ネガフイルムより色が鮮やかだが、失敗はできない。
リバーサルは後から修正が効かないのだ。
でも、だからこそ手応えがあった。
ピントも露出もすべてマニュアルで、思い通りの写真が撮れたときの満足感は忘れられない。

展覧会に応募して金賞をもらったこともある。
カメラ雑誌にもしょっちゅう掲載されていた。

ところが、子どもが大きくなるに連れて写真が減ってくる。
よくあることだが、最初の子どもの写真は多いが、3人目となるとぐんと減る。
時を同じくして脱サラで忙しくなり、さらにカメラの世界もデジタルへと移行していった。

デジカメは便利だし経済的だが、後からいくらでも加工できる分つまらない。
かつてのような緊張感や充実感は得られないのだ。
結局、私もデジカメに移ったが、一眼デジカメには魅力を感じなかった。
それでも、コンパクトカメラの中ではレンズの性能が優れ、マニュアル撮影も可能な機種を選んだのは、まだどこかに写真小僧の血が流れていたのかも知れない。

先日お盆に実家に帰ったとき、昔のカメラ雑誌を大量に発見した。
うちにもあるはずなのだが、引っ越しの繰り返しで荷物に紛れてしまい、久しく見ていなかったものだ。
なつかしがって掲載作を見ているうちに、ふつふつと撮影意欲が甦ってきた。
最近興味を持っていた「ミラーレス一眼」のことが、俄然気になり出したのだ。

ネットで調べ、店頭で触り、とうとう買ってしまった。
オリンパスのPENシリーズ、E-PL1S(ダブルズームセット)
ボディだけで5万はするという印象だったのが、ズームレンズ2本付きで4万2千円!
安くなったものだ...。

この機種にした一番の理由は小さくて軽いこと。
本格的な一眼レフだと、ごっつくて重い。
昔のNEWF-1は、なんやかや付けて1.5kg以上あったと思う。
これでは気軽に持ち歩くというわけにはいかない。
標準ズームを付けて450gなら、毎日連れ出しても苦にならない。

もちろん写りはさすがである。
コンパクトデジカメとは雲泥の差だ。
あとは、10月に販売になるという新型のファインダーを付ければ完璧だ。
どうも液晶モニタを見ての撮影は肌に合わない。
写真はファインダーを覗いて撮らなくちゃ...。

眠っていた趣味が復活した意味は大きい。
ありふれた毎日がずっと楽しくなりそうである。








  


Posted by どーもオリゴ糖 at 11:36Comments(2)日記

2011年08月16日

言語力の差~その2~

中学生より高い国語力を持つ小学生の話の続き。
これも「おじいさんのランプ」に収録されている問題だ。

町で初めてランプを見た巳之助は、その明るさに驚く。
さらに...。

  それにランプは、その頃としてはまだ珍らしいガラスでできていた。
  煤(すす)けたり、破れたりし やすい紙でできている行燈より、
  これだけでも巳之助にはいいもののように思われた。

   (問)「これ」は何を指していますか。 
 

解答欄は「(               )こと」となっている。
「こと」に続く形で答よということだ。

指示語の問題はかなり出してある。
内容は合っていても、形(答え方)が適切でなければ〇はもらえない。
言語能力(国語力)を育てる良質な問題が作りやすいのだ。

「これ」が指すものを答える場合は、名詞の形で終わる必要がある。
本文中には出てこなくても、「~もの」や「~こと」を付け加えなければならないことが多い。
教材の後半ではそこを自力で調整できる力を求めているが、
ここはまだ冒頭に近いので、「~こと」を予め提示しておいた。

だから、この問いも他の箇所と同様直感的に作ったものではあるが、
特別難しいとも思っていなかった。

ところが市販前に中学生に解かせてみると、実に出来が悪い。
多いのは「ガラスでできているランプ」的な答だ。

塾でやるなら大人がアドバイスできるが、自習で解くとなると苦労する子が多く出そうだ。
そういう問題にはヒントを入れた。
ここではこんな具合だ。

  <ヒント>「巳之助には」の後に「~が」を補って考える。

もちろん、ここに入るべきは「ランプが」である。
これが答えられないと話にならない。
答えられても、問いに対する正解を出せるのは、全体の3割以下ではなかろうか...。

前回ご紹介した小6男子のうち、
一人は1回で正解、一人は2回目で正解だった。
もう一人はまだ保留中。
この子は他の問題では真っ先に正解していたことも多いので、
やはり小学生だとムラがあるるのかも知れない。

それでも、いくらアドバイスしてもトンチンカンな答しか書いてこない中2、中3の生徒を前に途方に暮れているときには心から思うのだ。
言語能力の土台は、小学生のうちに固めておくべきだと...。

ちなみに、上記の問題の答は「ガラスでできていること」でした。







※お盆に千葉の実家に帰るついでに、今年は神宮球場に行ってきました。ネット裏の2階席で、
 料金のわりによい席でしたが、5回終了時の花火は、屋根が邪魔で半分しか見えず...。
 試合は阪神が4-1で快勝!
  


Posted by どーもオリゴ糖 at 12:05Comments(4)素材

2011年08月09日

言語力の差

ようやく夏期講習も終わり、中3の模試も済んで通常の日々に戻った。
生徒も増えてやれやれである。

今春から小学生の入塾が増えている。
来年開講する県立屋代高校附属中学へ行きたいという5、6年生が多い。
自転車でも十分通える松代では、小学生が塾生の半数を超えた。

同校は、長野県では初の公立中高一貫校である。
「入試」はないことになっているが、実際には他県同様「適性検査」が実施される。
細かな知識よりも、資料を分析して考察を書いたり、
他者に正確に事実や意見を伝えたりできる力が問われるものだ。
思考力・言語力の育成に力を入れているウチの塾の方針に、ぴったりマッチする。
開講3年目の松代の塾にとっては、地域での評価を固める大チャンスだ。

通りに面した窓いっぱいに貼ってあるカッティングシート(言語力・論理的思考力など)を、
前から気にして見ていたという声も多い。
春からは入口に、墨黒々と(ワープロです)「屋代中学受験指導受付中」の貼り紙も...。

ただ、入試は12月である。
もう4ヶ月しかない。
6年の今からでは、すでにある程度の力が備わっている子しか難しいのではないか?
せめて5年生のうちに来てほしいのだが...。

春から入った6年生は、その力が高い子が多い。
特に男子3人の言語力が素晴らしい。
初めは今まで同様、小学生向けの国語教材を使っていたのだが、
試しに、先に紹介した「おじいさんのランプ」を与えてみた。
中学生向けの設問が多いのだが、予想以上に的確な答を書いてくる。

一例を挙げよう。
皆さんも解いてみてください。

  今から五十年ぐらいまえ、ちょうど日露戦争のじぶんのことである。岩滑新田(やなべしんでん)の村に巳之助(みのすけ)という十三の少年がいた。
  巳之助は、父母も兄弟もなく、親戚のものとて一人もない、まったくのみなしごであった。そこで巳之助は、よその家の走り使いをしたり、女の子のように子守をしたり、米を搗いてあげたり、そのほか、巳之助のような少年にできることなら何でもして、村に置いてもらっていた。
  けれども巳之助は、こうして村の人々の御世話で生きてゆくことは、ほんとうをいえばいやであった。子守をしたり、米を搗いたりして一生を送るとするなら、男とうまれた甲斐がないと、つねづね思っていた。
  男子は身を立てねばならない。しかしどうして身を立てるか。巳之助は毎日、ご飯を喰べてゆくのが やっとのことであった。本一冊買うお金もなかったし、またたといお金があって本を買ったとしても、読むひまがなかった。
  身を立てるのによいきっかけがないものかと、巳之助はこころひそかに待っていた。
  すると或る夏の日のひるさがり、巳之助は人力車の先綱を頼まれた。


 (問)「身を立てる」ための方法の一つとして、作者が考えていることは何ですか。    
     ヒント:巳之助にはこれができなかった。

「身を立てる」の意味については、この前の段階で調べさせてある。

さて、どうでしょう?
...正解は「本を読むこと」です。

これが、中3生でもなかなか答えられない。
「人力車の先綱」や「きっかけを待つこと」といった答が多くなる。

ところが、先の6年生たちはみごとに答えた。
2人は1回目は惜しいところで、ヒントを与えたら正解。
1人は初めから、模範解答通りの答を書いてきたのである。

この言語力があれば、十分に合格できるのではないか...。
あとは、個々の弱い部分を補強してあげるだけだ。

それにしても、こういった言語能力・言語感覚の差はどこで生まれるのか?
やはり読書量や家庭での会話などが影響しているのか...。
そもそも、中学生の言語力が低すぎるのか、
あるいは3人の小学生のそれが高すぎるだけなのか...。

調べてみたいのが、松代小学校における教育である。
先の3人はすべて松代小の生徒だ。
町内には他にもいくつかの小学校があるが、塾に来ている生徒については、
同校の生徒が一味違う力を持っているように感じる。

たまたまかも知れないが、
ひょっとしたら、旧松代藩文武学校の伝統が受け継がれているのではないか?
松代小は昭和48年まで文武学校の建物を利用。
1853年(ペリー来航の年)に文武学校ができて以来、158年の歴史を誇ると謳っている。

続編は次回。






  


Posted by どーもオリゴ糖 at 12:00Comments(4)ことば

2011年07月31日

またかい!

夏期講習の真っ最中で忙しい。
2教室あるので朝から夜まで、休憩と移動時間をはさんで指導が続く。

しかも、こんなときに限って毎朝4~5時頃に目が覚めてしまい、
寝不足の状態が続いている。
運転中でも、いったん目を閉じたら眠ってしまいそうだ。
危ない、危ない...。
こういう場合は指さし確認!
信号や横断歩道を大げさにチェックしながら運転している。

昨日の講習中、携帯電話が鳴った。
もう一つの塾からの転送であることを告げるアナウンスの後、
「フリーコール」のアナウンスが続く。

「岸和田・和泉からフリーコール、岸和田・和泉からフリーコール...」

長野の塾に大阪から問い合わせが来るわけがない。
お世話になっている教材販売会社はあるが、そこからならフリーコールでは来ない。
いやな予感...。

「泉州銀行さんですか?」

またかい!!
(なぜ「また」なのかわからない方はこちらをどうぞ→ 「非常識な電話」

今度はおばさんだ。
「こちらは長野県です。フリーコールだからお金かかってるんですが...。」と言うと、
ちゃんと謝って電話を切った。
昨年のオヤジよりはまともだ。

ところが、その後も何回もかかってくる。
2度目、3度目は即切ったが、しつこくかかってくるので再度文句を言う。
さすがにそれきりだったが、
大阪からの通話料、携帯への転送料はこちら持ちだ。
本当に腹が立つ...。

ネットで泉州銀行の電話番号を調べる。
普通の番号しか載っていない。
そういえば「ATMセンター」とか言ってたな...。
あった、あった...「ATM照会センター」。
塾の番号とは、0120の後の2ケタ目が違うだけだった。
こちらは2なのが、向こうは1。
あとはまったく同じ...。

銀行が間違った番号を知らせているのなら責任を問いたいところだが、
さすがにその可能性は低かろう。
単なるボタンの押し間違いと思われる。
こういった場合は泣き寝入りするしかないのか...。
ああ、しゃくに障る!
























  


Posted by どーもオリゴ糖 at 13:35Comments(2)日記

2011年07月25日

不可解な料金差

NTTの固定電話には「住宅用」「事務用」がある。
一般的なプッシュ回線の場合、基本料は住宅用1,680円(税込)、事務用2,520円(同)となっている。
毎月840円、年にしたら1万円以上違うのだ...。

ホームページを見ても、どういう場合にどちらの種別になるのか、よくわからない。
機能に違いがあるとは思えないし、
「仕事場の電話はすべて事務用」ということでもないらしい。

今のところ判明しているのは、事務用だとタウンページに載せてもらえるということだけだ。
つまり広告料ということになる。
この料金差、はたして妥当だろうか...?

月800円の違いだけなら妥当と思われる方もあるかも知れない。
しかし、実はそれだけではないのだ。
ナンバーディスプレイやボイスワープ(転送サービス)といったオプションの料金も、
住宅用と事務用とで異なる。
この2つのサービスを加えた場合、基本料と併せて月2,000円もの差になるのだ。

これはいくら何でも高すぎないか?
こういったオプションの分まで事務用を高く設定しているのは、
足下を見ているとしか思えない。
住宅用だとタウンページに載らないという弱みにつけ込んだぼったくりではないか。
技術的に事務用の方が金がかかるというわけでもなかろうに...。

もっとも、今どきタウンページ掲載にどれだけの宣伝効果があるかは甚だ疑問である。
ネットで検索して調べる人の方が多かろう。
それに、塾という仕事では、もともとタウンページを見て問い合わせてくる人は稀である。
皆無と言ってもいいくらいだ。
圧倒的に口コミで来る例が多いし、そうでなければ看板や折込チラシが媒体となっている。

というわけで、2年前から始めた第2教室の方は、開設当初から住宅用にした。
活動を共にしている千曲市の若い塾長も、自宅で開いていることもあり、住宅用のままだ。

事務用の場合との比較はできないが、今のところ生徒は順調に増えているし、
影響はほとんどないと思われる。
一度だけ、生徒の親が外出先から電話しようとしたところ、番号がわからなかったということがあった。
また、当然のことながら、タウンページを元に塾のリストを載せているサイトの情報からも洩れる。
タウンページに載っているということが一種のステイタスであり、顧客に安心感を与えるという面もあるかも知れない。

しかし、それらのマイナス面を差し引いても、まだ住宅用の方に歩があるように思う。
セールス系の迷惑電話やFAX、DMも一切来ない。
タウンページに載せるということは、そういう業者に名簿を提供しているのとイコールでもあるのだ。

実は、このNTTの例は一例に過ぎない。
他にも、「事務用」「業務用」というだけで、
さしたる根拠もなく料金や価格がアップしている例がいくらでもあると思う。
個々に、その本質とメリット、デメリットをしかり見極めて対応したいものである。











  


Posted by どーもオリゴ糖 at 12:19Comments(2)よしなしごと

2011年07月15日

批判もできないのか!?

夏期講習に向けた折込チラシがようやく完成し、折込センターへ持って行った。

2教室のうち、1教室分は地元の販売店へ直接依頼するが、
もう1教室の方は、エリアを担当している販売店が複数に分かれるので、
以前から信毎の折込センターに一括して頼んでいる。
販売店に直の方が折込費用が若干安いのだが、手間を考えると仕方ない。

今回も同様に手配を済ませ、やれやれと思っていたら、
昨日、その折込センターから電話がかかってきた。
何事かと思ったら、チラシの記載事項に問題があると言う。

オモテ面のコラムの一つ、「こんな日本語使っていませんか?」の一部だ。
このブログでもお馴染みの、町にあふれるおかしな日本語を指摘し、正しい表現を並べている。

 ×「十日ぶりに運転が再開し...」(NHKラジオのニュース)
         ↓
 ○「十日ぶりに運転を再開し...」
 ○「十日ぶりに運転が再開され...」

この中の「NHKラジオ」がまずいと言うのだ。
特定の企業の名前を出してはいけないと言う。

たしかに、ほかの例では「民放の」とか「ホームセンターの」という表現を使っているので、
これだけが目立つのかもしれない。

しかし、ここは敢えて「NHK」と付けたのだ。
地方の民放のレベルならまだしも(失礼!)、
天下のNHKがこんな日本語使うなよと言いたいのだ。
裏を返せば、NHKに一目置いているからこその苦言である。

規約に抵触すると言うので、センターの「折込広告基準」というのを読んでみた。
該当するとすればこれか...。

 「広告文中において名誉毀損、プライバシーの侵害、信用毀損、業務妨害となる恐れがある表現のもの。」

つまり、誹謗中傷はダメだということだろう。
それはそうだ。
しかし、私の文章は断じてそうではない。
論理的でまっとうな批判である。
名誉や信用の毀損、業務妨害にはあたらない。

電話の相手に確認する。
万が一NHKとの間に問題が起きたとしても、それは私個人の責任に帰することではないのか?
それとも、そちらにも迷惑がかかるのか?

返事は、折込センター側は責任を追及されないとのことだった。
だったら、なぜそんな圧力をかけてくるのか...。
販売店に直接持ち込んだ方は、そんなこと一言も言ってこない。

今回は4000枚なのでそのまま折り込むが、次回からは注意してほしいと言う。
じゃあ、次からは販売店に持って行くと言って電話を切った。

自分たちの責任は問われないと言いながら、何をそんなにびくびくしているのか...。
自主的な規制は、上からの規制以上に恐ろしい。
言論の自由、ひいては民主主義の崩壊につながりかねない問題だと思っている。








※画像は庭先に来たカラスアゲハ(orミヤマカラスアゲハ)。メタリックな光沢が美しい...。
  


Posted by どーもオリゴ糖 at 12:02Comments(2)よしなしごと

2011年07月09日

教科書がおかしい

「なぜこんな計算をさせるのか」の続編です。

今回は中学の数学。
全国的に見てもかなりのシェアを誇るであろう、啓林館版(中1)の教科書だ。

「立体の表面積と体積」という単元にある円錐の側面積の問題。
下の画像を参照願いたい。

 <例題1>
  底面の半径が6㎝で、母線の長さが9㎝の円錐の側面積を求めなさい。

前回同様、早くもここで突っ込みたくなる。
「6㎝で」の後に「、」いるか...?

まあそれはいいとして、解法を見ると、わざわざ罫線で囲ってゴシック体でこう書いてある。


  側面の展開図は,半径9㎝のおうぎ形で,その中心角をχ°とすると,
  
  2Π(パイ)×9×χ/360(360分のχ)=2Π×6
 
  これを解くと,χ=240

   したがって,側面積は,

  Π×9の2乗×240/360=54Π(㎠)

なぜ、数学に出てくる日本語は、こんなにいい加減なのか?
読点が多すぎてブツ切りだし、そもそも「、」じゃなくて「,」なのが気に入らない。
さらに、文の終わりに「。」がない。
中学生が、その内容以前にまともな型の文さえ書けない一因は、こんな教科書の文にあるのかもしれない。

また話がそれてしまったので、本題に戻る。

この問題で、側面のおうぎ形の中心角を出す意味がわからない。
途中でおうぎ形の弧の長さ(12Π)を出しているのだから、
仮想円(円周18Π)に占める割合は、12Π/18Π=2/3とわかる。
ならば、面積も仮想円(81Π㎠)の2/3であることは、簡単に理解できるだろう。
中心角など持ち出すから、まわりくどくなるのだ。

教科書には、その横に
「側面のおうぎ形が,円全体のどれだけの大きさかを考えてもいいね」 (「。」なし)とある。

「~てもいい」だと...?
じゃあ、上の解き方ではそう考えていないんかい?
中心角を出す解き方でも、、結局は仮想円に対する割合を出しているのではないのか...。
で、繰り返すが、割合を出すだけなら、中心角を出す必要はないのだ!!!

生徒を見ていると、この種の問題にはお題目のようにχ/360を持ち出す子が多い。
なぜそんな面倒な作業をするのかと不思議に思っていたが、
まさか教科書に、こんなバカな解き方が堂々と載っているとは思わなかった。

弧の長さから割合を出す方法を載せると、かえって生徒が混乱するとでも思っているのだろうか?
だとしたら、あまりにも子どもを馬鹿にしている。
余計なことは考えず、「公式」に当てはめて解けということだ。

教科書が、子どもたちの考える力を奪っている...。






















 



 






  


Posted by どーもオリゴ糖 at 13:35Comments(2)よしなしごと

2011年07月04日

なぜこんな計算をさせるのか?

小学校の算数で多くの子がつまずくのが「一あたりの数」を求める計算です。
たとえば「250kmの道のりを5時間で行ったときの時速は?」
「200㎡で30kgの肥料を使うとすると、1㎡では何kgの肥料が必要か?」という問題のことです。
「全体の数」と「いくつ分の数」から「一あたりの数」を出すわけですが、
言葉の意味をきちんと理解できている子はごく少数でしょう。
ほとんどの子はこうやって計算するという「公式」を覚えて当てはめているだけです。

分数の計算を習うと、さらにやっかいな問題が登場します。
手元にある東京書籍の「小6・上」の教科書を見てみましょう。

 「4分の3㎗のペンキで、板5分の2㎡をぬれました。このペンキ1㎗では、板を何㎡ぬれますか。」

国語的に突っ込みたいところもありますが(読点の打ち方)、
それはともかく、どういう計算をすればいいかすぐにわかりますか?
 教科書には「ぬった面積」÷「使った量」=「1㎗でぬれる量」という式があり、
分数でも整数や小数のときと同じようにわり算にするという説明が続きます。
理屈はそうですが、4分の3で割るという行為は大人でもしっくり来ません
図を描いて、まず4分の1㎗で塗れる面積を求め、それを4倍して1㎗分を出した方がよほどわかりやすいのではないでしょうか。

先日、この手の問題が満載の宿題に苦戦していた6年生に聞いてみると、
学校ではいきなり分数で割るやり方しか習っていないとのこと。
その宿題には分数のかけ算を使う問題も含まれていて、
掛けるのか割るのか、どれをどれで割るのか、完全に混乱していました。決して算数が苦手な子ではありません。
図を描くやり方を教えたらすんなりと正解を出していました。

私にはこの問題を6年生に与える必要性がわかりません。
 「一あたり」の概念を理解させるには整数同士で十分ではないか、
双方を分数にして複雑にする意味がどこにあるのか、
なぜ(5分の2)÷(4分の3)という解き方を機械的に教え込まなければならないのか...。

脱ゆとり教育で教科書が厚くなった分、こういう悪問も増えるのではないかと危惧しています。
算数嫌いを大量に生み出す結果にならないことを祈ります。









※ 画像は国蝶のオオムラサキです。
  毎年、同じエノキの葉を食べるテングチョウが乱舞し始めると、ほどなくして姿を見せてくれます。
  いつ見ても気品があります...。
  


Posted by どーもオリゴ糖 at 12:20Comments(2)よしなしごと

2011年06月27日

安協会費不払い運動

前々回の記事の続き。

「車両割」の存在理由と徴収方法に疑問を持った私は、ネットでいろいろ調べてみた。
先の会議での「上に聞いておく」は、いつ返事が来るかわからない。
集金に移る前に、自分なりのスタンスを明確にしておかなければならない。

結果、免許更新時に入会を勧められる「免許割」についてのページは多かったが、
肝心の「車両割」については数えるほどしか意見がなかった。
そんなもの、とっくに廃止している所が多いということか...。
逆に、地区の役員が強制的に徴収しているとの話もあったが...。

松代安協のホームページはなかったので、長野県交通安全協会のサイトからメールも出してみた。
 「車両割」は何のためにあるのか?
 「免許割」と二重に徴収しているのは問題ではないのか?
 「車両割」だけでは会員ではないというのは不公平ではないのか?
 「免許割」も含めた金の流れを明確に示してほしい。


もちろん松代安協の地区役員であることも明記した。
自分自身は「免許割」「車両割」ともに払っていないことも...。

仕事場から出したメールに返事が来ないので、5日後に家のPCからも再送する。
今度は文末に、「納得できる返事がもらえなければ、集金に協力できかねる」と付け加えておいた。

それなのに2週間たっても返事が来ない。
なめてるのか、回答のしようがないのか...。

先週の金曜日、とうとう電話してみた。
メールを見ていないのかと思い確認すると、チェックしていると言う。
それなら返事が来ないのはどういうわけだと問い詰めた。
こちらの名を聞いて担当者に替わる。
すると、そのじいさん、こんなことを言った。
「遅くなりましたが、さっき返事を出しました。」
そんなタイミングの良い話があるかと思ったが、
「そこにも書いたように松代安協にも話をしておいたので、何か連絡があると思う」というもっともらしいセリフに、
若干「本当かも?」と感じる。

ところが...今日になっても、仕事場にも自宅にもメールは届いていない!
まったく、開いた口がふさがらない。
よく、そんなすぐにばれる嘘をつくものだ...。

これで気持ちが決まったので、今日、受け持ち分の4軒を訪問した。
義務ではないこと、払わないのが悪ではないこと、
払うなら、何のメリットもない寄付だと認識してほしいことなどを伝える。

1軒は留守で保留。
2軒は、私が去年「払わなくてもいい」と言っておいたのを「若い衆」と相談し、今年はやめるとのこと。
しめしめ...。

ところがもう1軒に驚いた。
応対に出たのは私と同年代の息子だ。
払わなくてもいいのはわかっている、寄付でもいいから払うという。
それなら断る理由もない。
タイトルには「不払い運動」と書いたが、私の目的は「車両割」の真実を知ってもらうことなのだ。

しかし、こういう人たちをどう理解したらいいのだろう。
純粋な寄付行為とは少し違う気がする。
もう一つ、「日赤奉仕団」という戦時中のような組織もあるのだが、
これも含めて、村社会での微妙な立ち位置が関係しているのかも知れない。

ともあれ、残りの1軒への対応、そして県安協への追及をしっかりしなければ...。
結果によっては、また続編を書きます。








※ 画像は家の前で見つけたクジャクチョウ。
  その派手さから、東アジア産のものは geisha と呼ばれているそうです。




  


Posted by どーもオリゴ糖 at 12:14Comments(4)よしなしごと

2011年06月23日

中国製PCの実力

前回の記事からずいぶん間が空いてしまった。

実はパソコンを買い換えたのだ。
データの引っ越しやアプリケーションの再インストールに時間を取られ、ブログどころではなかった。

きっかけはネット環境を光回線に換えたことだ。
松代の山間部にある我が家はNTT局舎から3.7km。
これまでADSLの8Mコースに入っていたが、
回線速度を測定してみると1.5から2.1Mbps...。
反応が遅く、イライラしていた。

こんな山の中にも数年前に光回線が届き、
光への切り換えを促す電話が頻繁にかかってくるようになる。
それでも、料金面でまだまだ差があるからと敬遠していた。

ところが、ある業者からの電話を機にいろいろ調べてみると、
「ひかり電話」に申し込み、さらに今レンタルしている無線LANルータを買ってしまえば、
トータルでは月々の費用は大差ないことがわかった。
プロバイダを選べば、キャッシュバック分で高性能のルータが買えるし、
プロバイダ料金も1年間無料なので、今のプロバイダにメールアドレスだけ残しておいても損はない。

ということで、めでたく光回線が開通した。
ところが...ネットに繋げてみても速さを実感できない。
新しいページに飛ぶのに、相変わらず数秒かかる。
多少は速くなっているようだが、これじゃ光に換えた意味がない。

試しに回線速度を測ってみたら、22Mbps...。
光は理論上100Mbpsだが、実質は40~50出ればいいと言う。
その半分か...。
それでも従来の10倍にはなっているのに、ほとんど恩恵を感じられないのはなぜだろう。

ネットで調べて、知り合いにも相談してみた。
どうも、パソコンの性能が原因のようだ。
我が家のパソコンはWindows XPの初期のもの。
もう10年になる。
パソコンの世界では一昔も二昔も前の製品だ。
CPUも古いし、メモリは増設したとはいえ750MB。
おまけにCドライブが満杯になっている。
せっかく光にしたのだから、思い切ってパソコンも新調することにした。

とは言え、10万もの出費は痛い。
知り合いに教えてもらったところ、
中国や台湾製のものが、価格も安くて性能も高く、評判がいいと言う
中国のlenovoというメーカーは、IBMのPC部門を買収したので、
安くても中身はIBMだとのことだ。

早速価格comで探してみると、確かに高性能で安い!
同じ性能のNECや富士通製品に比べると、半額くらいではなかろうか...。

CPUとメモリ容量を重視して比較検討を重ね、
結局、CPUがCore i3、メモリ4GB、HD500GBのWindows7(64ビット)のものを購入した。
21.5インチのワイド液晶ディスプレイ付きで53,000円。
とても得した気分だが、「中国製」に一抹の不安も...。

結果、大正解だった。
立ち上がりもレスポンスも格段に速くなった。
回線速度は平均70~75Mbps。
今日は82.155Mbpsを記録した。

サクサク動いてくれて何のストレスもない。

余計なものは入っていない状態だったので、マニュアルが簡素なのもいい。
故障時などの対応が気がかりだが、「レノボジャパン」という日本法人もあるので何とかなるだろう。

ブランドという安心感と比べてどちらを取るか...。
人それぞれだろうが、私はこのメーカーのパソコン、強くお薦めしたい。













  


Posted by どーもオリゴ糖 at 12:01Comments(2)日記

2011年06月07日

「車両割」ってなんだ?

昨年、今年と地区の安協(交通安全協議会)の役員をしている。
何年も前から免許更新時に安協の入会手続きをしていないので、
会員ではないのだが、役だけは自治会の門順で回ってくる。

5日に今年度の総会があった。
県の安協の支部組織である松代安協の、そのまた分会の総会である。

今年も、各地区で「車両割」の会費を集めてほしいという。
加えて、松代の中でもわが分会が極端に額が低いので、
新たな加入も呼びかけてほしいとのことだ。

この「車両割」という存在がよくわからない。
本来は各戸で所有している車種、台数によって違うようだが、一律1,200円になっている。
ちなみに免許更新の際に加入するのは「免許割」という名称だ。

自治会を通じて集めるということは、
赤い羽の募金のように半ば強制なのかと思ったら、そうでもない。
私の集落では、70軒ほどのうち、「車両割」の対象はわずか10軒だ。
(もちろん、我が家は対象ではない!)
集金はたいした労ではないが、わけのわからない金を扱うのも気が引ける。

そもそも、安協への加入は任意のはずだ。
上述のように、私は一銭も払っていない。
支出のうち交通安全のために使われているのはごく一部で、
大半は職員の給与や退職金、飲食費に消えていると聞いた。
そんな警察の天下り組織のために協力する気にはなれない。
車を維持するだけで多額の税金を払っているのだから、
交通安全のための経費はそこから出せば十分ではないか...。

昨年集金してわかったことだが、「車両割」を払っている人は
免許更新時にも「免許割」を納めている人が多い。
義務だととらえているようだ。
お上から言われるままに、何の疑問もなく二重に払っているのだ。

「集める側がこんなこと言うのも何だけど、これ(車両割)別に払わなくてもいいんだよ」と
ある家で教えたら、「でもせっかく集めに来てくれたんだから...」と1,200円を差し出した。
なんだか申し訳ない気持ちになる。
断ることを知らない、人のよいお年寄りが損をしているというのが現状ではないのか...。

で、取りあえず、総会の席で質問してみた。
「車両割」とは何なのか?
「免許割」との関係はどうなっているのか...?
結果、驚くべきことがわかった。

集めた「車両割」の額によって、各分会に活動費が還付され、
それで立て看板や旗などの備品代をまかなう。
「免許割」からも若干の分配があるようだが、主は「車両割」のようだ。
それが「車両割」の存在理由の最たるものらしいが、
先にも書いたように、そんなものは自動車税やガソリン税から出せばいい。
百歩譲って、「免許割」からの分配の割合を増やせばいい話だ。

しかし、それはまだ想定内だった。
一番驚いたのは、「車両割」を払っていても安協の会員ではないということだ。
総会の資料の中に、普及を促進するためのパンフレットがあった。
長野県交通安全協会の会員になると、シートベルトを締めていて事故に遭った場合、
重度障害や死亡で10万円の見舞金が支払われるという内容だ。
しかし、「車両割」で入っていても会員ではないので対象外ということになる。
それならこんなパンフレットがあっても、我々が加入を促進する役には立たないではないか...。
支離滅裂で意味がわからない。

では、「車両割」を払うメリットは何なのか?
毎年1,200円ということは、「免許割」の2~3倍の金額を払っていることになる。
それで正会員ではなく、数ヶ月に一度中身のない会報が配布されるだけだ。
他には何もない!
そんな制度を、誰が勧めることができようか...。

だいたい、「車両割」の領収書に「会費」と明記してあるではないか。
それを払うことで、自分は安協の会員だと思っている方が自然ではないのか...。

他の出席者からも「おかしい」という声が多く上がった。
結論は上(松代安協)に確認、要望するということで終わり。

さて、今年は去年以上に、「車両割」の支払いをやめるよう説得して回ろうか...。








※ 投扇興の大会で浅草に行ってきました。結果はさんざん...。
  スカイツリーの近くでは、みんなが上向いて写真撮っていました。









  


Posted by どーもオリゴ糖 at 11:59Comments(4)よしなしごと

2011年05月30日

うるう年を知らない!

中学生が言葉を知らないのには驚かなくなった。
それ以前に、一般常識と言っていいことを知らないのだ。
小学生はともかく、中学生なら当然知っておくべき、
あるいは知っておいてほしいことを知らなすぎる。

一例を挙げよう。
ある日の塾での一コマである。
「1ヶ月が30日以下の月は?」という問に、中2の女子が悩んでいた。
実はこの問題、正解率がきわめて低い。
中学生で10%を切るのではないか...。

そのとき在室していた他の生徒(中2が他に2名、中1、小5が各1名)も
いずれこの問題にぶつかることになるので、この機会にまとめて教えることにする。
以下、私と生徒とのやり取りである。

 私「この問題わかる人いる?」
 生徒A(中2)、B(中2)、C(中2)、D(中1)、E(小5)「....。」
 私「う~ん...。じゃ、その前に...28日までしかない月は知っているよね?」
  (多くの子がうなずくので生徒Cを指名。)
 生徒C「 ...4月...。」
 私「2月だ。...2月が29日になる年もあるよね。」
  (今度はほぼ全員が「?」という顔をする。)
 私「うるう年って知らない?...1年が1日長くなるの...。」
 全員「えーっ?!」
 私「1年は何日だ?」(生徒Dを指名。)
 生徒D「30日...。」
 私「1ヶ月じゃなくて1年!」
 生徒「ああ...365日。」
 私「そう。それが4年に一度2月が29日まであって、1年が366日なるの。  
 これがうるう年。20××年の××が4で割り切れる年がうるう年です。」


しばし、うるう年がある理由と、その仕組みについて説明した。
(4年に一度うるう年。100年に一度うるう年をやめる。400年に一度うるう年を復活させる。)

そこからやっと、本来の「30日以下の月」の話に入る。
「大の月」「小の月」から始めて、
最後は「小の月」の覚え方=「西向く侍」を伝授。
このくらいのことは常識として覚えておくよう言い聞かせた。
大人になったら1日多いか少ないかは大きな問題だと...。

他にもいくらでもある。
アマゾンがどこにあるか知らない。
日本の県名も西日本になると壊滅的だ。
日本が戦争に負けたことを知らない。
日本は先進国ではなく発展途上国だと思っている。
村や町の存在を知らない(すべて「市」だと思っている)。
ツツジやスギナは見たことがないと言う。
1kmがどれくらいの距離か見当も付かない...などなど。
切符の買い方を知らないという高校生もいた。
島崎藤村や武者小路実篤、ヘミングウェイは、高校生でも知らないことの方が「常識」なんだそうだ。

こうした現状の一因を学校教育に求めることもできよう。
小学校でちゃんと教えてくれなければ困ると...。
しかし、上に挙げた例の大半は、学校よりもむしろ家庭で教えるべきことである。
毎日の生活の中で、親から子へ伝える一般常識である。

手伝いをさせたり、家族で遠出をしたり、ときには一人で「冒険」をさせたり...。
家族との豊富な会話や様々な生活体験を通じて、自然に身につける知識ではないだろうか。
私自身も、「西向く侍」や多くのことわざ、言い伝えなどは親から教わった記憶がある。

今、企業が新入社員に求める能力の1位はコミュニケーション能力である。
裏を返せば、それが貧弱な若者がいかに多いかということだろう。
その一因が一般常識の不足にあることは、十分考えられることではなかろうか..。











  


Posted by どーもオリゴ糖 at 12:17Comments(4)よしなしごと

2011年05月25日

完成!超国語教材

およそ1年かけて、待望の国語教材が完成した。
名付けて「超国語教材(1)おじいさんのランプ」
現在、平安堂長野店(駅前)の参考書売り場で販売している(税込1,500円)。

数年前から、長野市周辺の個人塾経営者で「こだわり学習」研究会を結成し、
情報交換、教材作りなどの活動を行っている。
そこから発行された書物の第3弾ということになった。
ちなみに1冊目は勉強法に関するメンバーの対談集、
2冊目は別の塾長が書いた「高校入試のための数学」である。

経費節減のため、印刷から製本まで自分たちで行っている。
印刷はこれまで、インクジェットプリンタの自動両面印刷を使ってきた。
私の塾にあるhpのプリンタは、ビジネス用の中でもかなり速い。
それでも両面印刷となると、片面を印刷し終わってから乾燥のためしばらく停止するので、
1部(約180ページ)刷り終わるのに1時間弱かかってしまう。
仕上がりは綺麗なのだが...。

今回、ちょうどいいタイミングでリースのコピー機を入れ替えた。
パソコンと繋げばプリンタにもなる。
普通にB5の両面印刷ではカウンタ料金が割高になるが、
B4両面で印刷して裁断すれば半分の料金で済む。
ワープロソフトでレイアウトを指定すれば、9枚ずつ5回裁断すれば簡単にページがそろう計算だ。
多少の手間はかかるが、なんせスピードが格段に速い。
1部の印刷にかかるのはわずか7分
...これまでの8倍だ!

ただ、コピー機だと熱がかかる分、紙が波うってしまう。
B5サイズぴったりに、ちょうど半分に裁断するのも難しい。
できあがりを見るとわずかな凸凹が気になる...。
これは今後の課題だ。

製本は8,000円くらいで買ったコンパクトな製本機を使う。
専用のカバー(表紙だけ透明)は背表紙の内側にのりが付いていて、
なかみを挟み込んで製本機に差し込むと、30秒ほどでのりが溶けて接着が完了。
熱が冷めるまで立てかけておけば立派な冊子になる。
背表紙に、DVDケース用のラベルでタイトルを貼って完成だ。
カバーのサイズ(各種あり)に合わせてページ数を整えなければならないし、
1ページも脱落しないよう、製本機にかける前に慎重な準備をする必要もあるが、
これだけ手軽に見栄えのよい物が作れるのはありがたい。

肝心の内容は、もちろん新美南吉作「おじいさんのランプ」を題材にしている。
単なる読解教材ではなく、書かせる問題が圧倒的に多い。
なぜそう答えるか根拠を述べさせたり、本文中には書かれていないことを想像させたり、
主人公の言動を評価させたり...。
とにかく記述式問題が中心である。

語彙を広げる問題、言葉にこだわった問題も多い。
一つの言葉でどんな心情や状況が読み取れるか。
この言葉をこう換えるとどんな違いがあるのか...。

文を組み立てたり書き換えたりする問題、おかしな文を直す問題は、
日本語の表現技術を高めるためのものだ。
巻末にはそれをさらに磨くための補充問題も入れた。

なお、「超国語」と歌っているとおり、地理や歴史、科学と絡めた問題も随所にある。
算数の問題の解き方、考え方を論理的に説明させるページは、特にお薦めだ。
初めは空欄補充で基本的な手順を学び、同様の問題で完全記述に挑む。
子どもたちに最終的に身につけてほしいと考えている力の一つが「説明力」だ。
その入門編とも言うべき位置づけである。

記述式が主のため、解答例及び解説がかなり詳しくなった。
全体の3分の1、60ページを割いている。

塾の生徒に実際に解いてもらった結果、思いもよらぬ答が続出し、
解答例も解説もどんどん多くなってしまった。
もちろん、これでもすべての答に対応できているとは思えないが、
予測しうる答への最大限の対処は施したつもりである。

中学生の声は、思っていた以上に「難しい」が多かった。
中3になると正解率が高かったが、やはり中1には手応えがあったようだ。
生徒の反応を見て、特に難易度が高いと判断した問題については、
別の問題に差し替えたりヒントを添えるなどした。

それでもこの教材、おそらく大人が解いても十分やり甲斐を感じられるはずである。
ブロガーの皆さん、文章力養成にいかがですか?
「欲しいけど長野駅前まで行けない」という方は、コメント欄でお伝えください。
いかようにも善処しますよ。








  


Posted by どーもオリゴ糖 at 11:48Comments(6)素材

2011年05月20日

急募!

長野市稲葉の塾で、高校生の理系科目を教えられる方を募集します。

※数学ⅢCまで・物理・化学・生物(工業系専門科目も教えられれば尚可)

※月・水・金のうち1回または2回/20:00~22/00(時間は変更可)

※時給1300円~

※年齢、経験不問

※個別指導なので授業は不要です。個々の生徒へのアドバイスが主な仕事です。

※委細面談

<お問い合わせ> 026-222-0892 エクセルゼミナール
(不在の場合は携帯に転送されるので、しばらくお待ちください。)










※ 画像は松代・梅翁院の藤。棚の下は芳香に包まれていました。  


Posted by どーもオリゴ糖 at 12:05Comments(2)日記

2011年05月14日

いまどきのユースホステル

前回の続き。
G.W.に妻と小布施のYH(ユースホステル)に泊まった話だ。
正式名称は「おぶせの風ユースホステル」という。

学生時代はYHの全盛期で、ローカル線を巡りながらあちこちのYHに泊まった。
初日の出を見に行った尻屋崎YH(青森県)や、卒論の調査で泊まり込んだ面河YH(愛媛県)はもうない。
唐桑YH(宮城県気仙沼市)は「地震の影響で休館」とのこと。

当時は若者ばかりで、男女別相部屋が当たり前だった。
酒もタバコも禁止。
食器は自分で洗う。
夜具のセッティングと片付けも、もちろん各自の仕事だ。
シーツと毛布カバー、枕カバーが一体になった「スリーピングシーツ」なるものがあったっけ...。
(やっとこの名前を思い出した...。)

夕食後には「ペアレント}(オーナー)を囲み、宿泊者全員で「ミーティング」
自己紹介をしたり、ゲームをしたり、旅や宿の情報を交換したり...。
そこで仲良くなった人と翌日の行動を共にしたこともある。
正月だったので、青森駅前の市場でリンゴと餅を買い、
津軽鉄道のストーブ列車で餅を焼いて食べた。

一人旅の貧乏学生にとって、YHは不可欠な存在だった。
見知らぬ人と同室になることや、半ば強制的にミーティングに参加させられることを、
ときには負担に思うこともあったが、
料金の安さと新たな出会いの魅力は捨てがたかった。
実を言うと、妻と知り合ったのも山形県の小さな島のYHだったのだ

あれから30年ほどになる。
時代は変わった。
かつてのYHのスタイルは若者に受け入れられなくなった。
廃業するところが増える一方で、
YHの概念をがらりと変える方向にシフトして生き残ってきた宿もある。
今回の小布施YHもまさにそんな宿だった。

ツインルームがいっぱいで、トリプルにツイン料金で泊まらせてもらったのだが、
まるでペンションのような小綺麗な設備だった。
「スリーピングシーツ」の面影もない羽毛布団のベッド。
浴衣やアメニティグッズも揃っている。
共同だがトイレはウォシュレット付きで、風呂にはジェットバスまであった。
もちろんお酒も飲めるし、食器も洗わなくていい...。

宿泊客は他に、東京・墨田区の職人さんの集団(美術館で催し物があったらしい)、
同年代の埼玉の夫婦、そして30~40代の一人旅ライダーが3人(大阪・福井・東京)。
職人さんたちは外に飲みに行ったが、
残りのメンバーは夕食後談話室に集まった。
妻が誕生日と言っておいたので、オーナーがワインを2本も振る舞ってくれたのだ。
よくしゃべるオーナーと、ヘルパー(アルバイト)の女子大生(信大農学部)も加わり、
12時近くまで大いに飲み、語り合った。

これがいまどきのYHだ。
昔とはずいぶん違うが、今は今の良さがある。
快適な空間、大人同士の落ち着いた交流。
オーナーに聞いてみた。
このYHの、ペンションとの違いは何か?存在意義はどこにあるのか?
...答えは「相部屋を残していること」、そして「宿泊者同士の団らんの場を提供すること」だった。

料金ももちろんそれなりだ。
昔は二食付きで2000円以下だった記憶がある。
小布施YHは相部屋で素泊まり3600円(YH会員)。朝食630円、夕食1050円。
私たちは非会員でツインルームだったので、夕食付きで1人6000+α円だった。

それでもまた行ってみたくなる。
夫婦や家族だけの時間を楽しむのもいいが、
ときにはこんな宿も利用してみてはいかがだろうか?
きっと、新たな発見があるはずだ。








※画像は「小布施ワイナリー」。おいしいワインでした。




  


Posted by どーもオリゴ糖 at 12:13Comments(2)日記

2011年05月09日

いちめんのなのはな

5月5日~6日、高山村と小布施町に行ってきた。
以前から妻が行きたいと言っていた小布施YH (ユースホステル)宿泊がメインだ。

高山村のしだれ桜は満開を過ぎていたのでパス。
ちょうど盛りの「黒部のエドヒガン桜」を見に行く。
推定樹齢500年の古木は味わいがある。
周りの菜の花との取り合わせが美しい。

小布施に入り、岩松院(卍)の天井絵(北斎作)を拝観。
隠し絵で富士山が描かれていると聞いていたので探した。
これかな?というのはあったが、確信は持てず...。

一度YHに車を置き、レンタサイクルで小布施ワイナリーへ。
車で行ったのでは私が試飲できない。
強風の中、アップダウンの激しい道を久々に自転車をこいだら疲れた。

ワイナリーは畑の中、民家に紛れてひっそりとあった。
ハデな看板もなく、家族経営のような小さな蔵だ。
でも、試飲したワインはなかなかの出来映え...。
赤を1本、衝動買いしてしまった。

その後、これも妻のリクエストでおぶせミュージアム・中島千波館へ。
桜の絵が有名だが、新作で、さっき見てきたばかりの「黒部のエドヒガン桜」が展示されていた。
グッド・タイミング!
何時間見ていても飽きないであろう奥深い作品に、しばし時を忘れる。

5時を過ぎ、いよいよYHへ。
ところが、YHのことについて書き始めたら止まらなくなった。
かなりの長文になりそうなので、この部分は次回に回す。

翌日は夕方から仕事だったので、午前中だけ小布施を散策して帰宅。
まずはYHのすぐ近くの北斎館へ。
期待していた割に収蔵作品が少なくてがっかり...。

玄照寺の三門はみごとだった。
年を取ったせいか、最近寺社の建築物に惹かれる。
もう1カ所、条光寺の薬師堂(室町時代築)を素通りしてしまったのが残念だ。

その後、ハイウェイオアシスで一服してから千曲川河畔の公園へ。
菜の花と桜が素晴らしいと聞いていたし、
ちょうど前日夕方のテレビでも放映されていたので、ぜひとも行きたかった。

様々な色彩の花が織りなす絶景!
満開の八重桜に花桃、一面に広がる菜の花、遠くに雪が残る黒姫や妙高...。
小布施にこんな花見の名所があるなんて知らなかった。
山村暮鳥の詩「風景」を思い出す。


  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  かすかなるむぎぶえ
  いちめんのなのはな

  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  ひばりのおしやべり
  いちめんのなのはな

  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  やめるはひるのつき
  いちめんのなのはな。


走行距離100kmにも満たない小さな旅だったが、
大いに満足できるものだった。






 







  


Posted by どーもオリゴ糖 at 12:00Comments(4)日記

2011年04月30日

新聞を読め!

新聞を取らない家庭が増えているという。
塾の生徒の家でも同様だ。
忙しくて読む暇がない、必要な情報はテレビやネットで手に入れれば十分という考え方のようだ。

うちの子は国語ができないと嘆く家庭に限って、新聞を取っていないことが多い。
子どもは驚くほど言葉を知らない。
社会常識も乏しい。

塾では国語力をつける方法の一つとして、
新聞の読者投稿を書き写し、要約したり感想を書いたりすることを勧めている。
だが、肝心の新聞が家庭にないのでは話にならない。

新聞があっても、子どもはテレビ欄くらいしか見ないかも知れない。
それでもやがて、たまにでもスポーツ欄や家庭欄を見る子どもが出でくる。
何より、大人が新聞を読んでいる風景、日常的に活字が身近にある環境が大切なのだ。
新聞読む暇がないと言いながら、テレビは長時間見ている。
親がそうであれば、子どもも当然そうなるだろう。
国語力の基礎は家庭生活にあることは言うまでもない。

「新聞を取る」という表現を知らない子もいる。
オリジナル教材で「新聞を取っていないこと」が正解の問題があるのだが、
「新聞を読んでいない」「~買っていない」「~配達していない」などと書いてくる。
「買っていない」では、駅の売店を連想してしまう。
「配達していない」って、新聞販売店ではあるまいし...。

毎朝定期的に家に届けてもらうという日本の文化は、
やがて消え去っていくのか...。


前にも書いたが、確かにネットは効率的だが、それ故に寄り道ができない。
新聞なら目的の情報とともに、その他の「無駄な話」も仕入れることができる。
今は無駄に思えても、いつそれが役に立つかわからない。
たとえ実利的な得はなくても、
幅広い知識や常識、教養を身につけるためには、この寄り道こそが欠かせないのだ。
今知りたい情報、すぐに役に立つ知識ばかりを詰め込んでいては、薄っぺらな人間にしかなれない。

家庭にはまず、新聞や本などの活字がある環境を作ってもらいたい。
私は自宅と塾で2誌を取り、毎日切り抜きをしている。
忙しいときは面倒に思うこともあるが、寄り道で世界が広がる体験は捨てがたい。
一日の中でも贅沢な時間だと思っている。






  


Posted by どーもオリゴ糖 at 11:59Comments(4)よしなしごと

2011年04月23日

尼巌山に登った

4月10日、地元松代の尼巌山(あまかざりやま)に登った。

松代の町から見ると、まさに尼さんの頭のような、こんもりした山容が目立つ。
近年、隣の奇妙山と併せてトレッキングコースが整備されたと聞いていたので、
一度は行ってみたいと思っていた。

妻と娘がお世話になっている自動車屋さんの通信で、
「尼巌山に登りましょう」という募集を目にした。
ベテランさんが案内してくれるらしい。

これはいいなと思っていたら、松代住民自治協主催のトレッキングも見つけた。
なんと同じ日だ。
どっちに行こうかと迷ったが、
自治協の方はハガキで申し込まねばならず、定員も100名と多い。
申し込みも山行も気軽な方がいいので、車屋さんの方に参加した。

登山なんて何年ぶりだろう?
...いや、何十年ぶりか...。

ともに、普段からほとんど運動らしきことをしていない妻は、
登れるかな?と不安そうだ。
まあ、標高800mに満たない低山ならなんとかなるんじゃないか...。

当日になった。
お目当ての一つ、松代東条のアンズは一週間早かった。
少しガスっていて北アルプスや戸隠連峰もうっすらとしか見えない。
しかし、天気は良好。気温もちょうどいい。

同行者は、私たちも入れて総勢8名。
年配者ばかりだ。
登山口まで車で連れて行ってもらい、そこから登り始める。

初めはよかったが、少し行ったらいきなり急斜面になった。
トレッキングコースの赤いリボンを目印に、林の中を進む。

ここで早くも、主催者の「社長」(女性)が脱落。
足が悪く、取りあえず来てみたが、これは無理と判断したようだ。
私も、わずか十数分登っただけで呼吸が荒くなる。
皆の総意で1回目の休憩...。

自治協の100名が来る前に山頂に到達したいが、
このペースでは1時間以上かかりそうだ。
先が思いやられる...。

結論から言うと、
この山、低いからとなめてかかってはいけない。

ピクニック気分で歩ける道などほとんどない。
木や鎖を握り、地面や岩に手をつきながら進まなければならない所だらけだった。

帰りは別ルートを下ったが、こちらも条件は同じ。
下りの方がすべって怖い。
足への負担をひしひしと感じた。

名前に「巌」が入っているとおり、全体的に岩の山なのだ。
200~500年前に噴出した溶岩が固まってできているという。
修験道に最適と思われる場所もあった。
山頂には城跡もあるが、こんな所によく城を構えたものだと感心する。

出発時には着ていたトレーナーをリュックに仕舞い、
さらに薄いジャンパーも脱いで下山したが、
それでも背中は汗びっしょりだった。

きつかったが、景色は期待していた以上だった。
途中の「立見岩」からの松代の眺望は、まさに鳥になった気分。
頂上からは、反対側の長野市街が一望できる。
降りてきた玉依比売命神社のケヤキも見事。

その後は、妻とオリンピックスタジアムへ向かった。
信濃グランセローズの、復興支援練習試合。
途中で猛烈に眠くなって、途中で帰って来た。

翌日からいつ筋肉が痛くなるかと怯えていた足も、それほど痛まず...。
また近場の山に登ってみたいという気持ちも、今のところ半分くらいはある。
家のすぐ裏のノロシ山もその候補の一つなのだが、
なんだかクマが多そうでためらってしまう。
今回のように少人数のグループで案内人がいてくれる催しがあれば、
前向きに検討してみたい。




















  


Posted by どーもオリゴ糖 at 11:48Comments(0)日記