2010年09月30日
小学校にも落第を!
過激なタイトルであるが、冷静にお付き合いいただきたい。
中1の男の子が体験学習に来た。
母親の話では「方程式がわからない」と言うので、
おそらく文字式でつまずいているのだろうと思い、数題やらせてみる。
ところがさっぱり筆が動かない。
これは小学校段階から怪しいと判断し、分数の問題を出した。
「12の3分の2は?」
「....。」
「じゃあ、12の2分の1は?」
「....。」
仕方ないので紙に円を描き、
「2分の1ってどれだけ?」と図示させようとしたが、これも失敗に終わる。
3分の1や4分の1の例を見せたらようやく2等分する線を描いてくれた。
片方の半円部を斜線で塗らせる。
「はい、それが2分の1ね。
じゃあ、この丸全体が12だとしたら、黒い所(斜線部)はいくつになる?」
これでも「6」という答は出てこなかった。
一緒に来ていた妹(6年生)の方がよほどわかっていた。
しばらくは分数と割合のオリジナル教材をさせることで納得してもらい、10月から来ることになった。
最近入塾してくる生徒には、こういう極端な子が増えている気がする。
そうでなくても、分数や割合、比などをきちんと理解している子は極めて少ない。
おそらく90%以上は、これらがよくわからないまま中学に上がっているのではなかろうか...。
中2や中3でも、数学が苦手だと言う子は、間違いなくこの辺りができていない。
さらに付け加えるなら、速さや円の面積もかなりの数の中学生が苦手とするところだ。
言うまでもなく、いずれも小学校で学んだはずのことだ。
中学に入学する時点で、100%とは行かなくてもある程度はわかっているべきことだろう。
それがいい加減なままでは、文字式や方程式など理解できるはずがない。
小学校はいったい何をやっているのか!
複雑な小数の計算より、分数や割合にもっと時間を割くべきではないか。
総花的にあれもこれもと詰め込むより、
数学に直結する内容に的を絞ることが重要ではないかと思う。
小学校での成績のつけ方にも問題があろう。
◎と○、△だけで評価し、実際は多くの子が◎と○のオン・パレードという現状でいいのか。
子どもに自信を持たせるという目的もあるのかも知れないが、
この評価を鵜呑みにして、わが子の学力不足に気づいていない親も多いのだ。
極端な話だが、中学校はもちろん、小学校にも落第制度を採り入れるべきだと思う。
もちろん、逆に飛び級も認めるべきだ。
義務教育だから許されないというのは理由にならない。
諸外国の例を見ても、ごく当たり前のことだ。
その学年で身につけるべきことが全くわかっていないのに、進級させる方が不合理ではないのか...。
一応、今の義務教育にも制度自体はある。
「落第」ではなく「原級留置」というそうだ。
校長の裁量に任されているらしいが、
現実として、学業不振を理由にこの決定が成された例は皆無に等しいのではなかろうか。
「小学校のうちから勉強、勉強はかわいそう」という声はよく聞く。
私も、子どものときの遊びや生活体験の豊かさは大切なものだと思う。
これが乏しい子は、想像力や応用力、粘り強さなどが欠けがちだ。
だからと言って、「勉強のことは中学に入ってから」で済ませていいのか。
中学生になったのだから勉強しろ、
ガラッと生活を変えろと言われても子どもは戸惑うだけである。
いざ勉強しようと思っても、冒頭の子のように小学校のことがわかっていなくては、
中学の勉強もつまずくばかりになることは目に見えている。
どちらが本当にかわいそうなのか...。
小学校時代は大いに遊び、いたずらも喧嘩もすればいい。
でも、学校で習ったことがきちんと理解できているかは、親がチェックすべきだし、
できていなかったら何らかの対策を打つべきだ。
もちろん、意識の高い親は今でもそうしているだろう。
問題は一部の意識の低い親、及びその他大勢の普通の親である。
さしたる根拠もなく、「勉強、勉強は中学に入ってからでいい」という風潮に流されている親たちである。
小学校での落第制が真剣に議論されれば、
そういう風潮に一石を投じる効果があるのではないかと考えている。

中1の男の子が体験学習に来た。
母親の話では「方程式がわからない」と言うので、
おそらく文字式でつまずいているのだろうと思い、数題やらせてみる。
ところがさっぱり筆が動かない。
これは小学校段階から怪しいと判断し、分数の問題を出した。
「12の3分の2は?」
「....。」
「じゃあ、12の2分の1は?」
「....。」
仕方ないので紙に円を描き、
「2分の1ってどれだけ?」と図示させようとしたが、これも失敗に終わる。
3分の1や4分の1の例を見せたらようやく2等分する線を描いてくれた。
片方の半円部を斜線で塗らせる。
「はい、それが2分の1ね。
じゃあ、この丸全体が12だとしたら、黒い所(斜線部)はいくつになる?」
これでも「6」という答は出てこなかった。
一緒に来ていた妹(6年生)の方がよほどわかっていた。
しばらくは分数と割合のオリジナル教材をさせることで納得してもらい、10月から来ることになった。
最近入塾してくる生徒には、こういう極端な子が増えている気がする。
そうでなくても、分数や割合、比などをきちんと理解している子は極めて少ない。
おそらく90%以上は、これらがよくわからないまま中学に上がっているのではなかろうか...。
中2や中3でも、数学が苦手だと言う子は、間違いなくこの辺りができていない。
さらに付け加えるなら、速さや円の面積もかなりの数の中学生が苦手とするところだ。
言うまでもなく、いずれも小学校で学んだはずのことだ。
中学に入学する時点で、100%とは行かなくてもある程度はわかっているべきことだろう。
それがいい加減なままでは、文字式や方程式など理解できるはずがない。
小学校はいったい何をやっているのか!
複雑な小数の計算より、分数や割合にもっと時間を割くべきではないか。
総花的にあれもこれもと詰め込むより、
数学に直結する内容に的を絞ることが重要ではないかと思う。
小学校での成績のつけ方にも問題があろう。
◎と○、△だけで評価し、実際は多くの子が◎と○のオン・パレードという現状でいいのか。
子どもに自信を持たせるという目的もあるのかも知れないが、
この評価を鵜呑みにして、わが子の学力不足に気づいていない親も多いのだ。
極端な話だが、中学校はもちろん、小学校にも落第制度を採り入れるべきだと思う。
もちろん、逆に飛び級も認めるべきだ。
義務教育だから許されないというのは理由にならない。
諸外国の例を見ても、ごく当たり前のことだ。
その学年で身につけるべきことが全くわかっていないのに、進級させる方が不合理ではないのか...。
一応、今の義務教育にも制度自体はある。
「落第」ではなく「原級留置」というそうだ。
校長の裁量に任されているらしいが、
現実として、学業不振を理由にこの決定が成された例は皆無に等しいのではなかろうか。
「小学校のうちから勉強、勉強はかわいそう」という声はよく聞く。
私も、子どものときの遊びや生活体験の豊かさは大切なものだと思う。
これが乏しい子は、想像力や応用力、粘り強さなどが欠けがちだ。
だからと言って、「勉強のことは中学に入ってから」で済ませていいのか。
中学生になったのだから勉強しろ、
ガラッと生活を変えろと言われても子どもは戸惑うだけである。
いざ勉強しようと思っても、冒頭の子のように小学校のことがわかっていなくては、
中学の勉強もつまずくばかりになることは目に見えている。
どちらが本当にかわいそうなのか...。
小学校時代は大いに遊び、いたずらも喧嘩もすればいい。
でも、学校で習ったことがきちんと理解できているかは、親がチェックすべきだし、
できていなかったら何らかの対策を打つべきだ。
もちろん、意識の高い親は今でもそうしているだろう。
問題は一部の意識の低い親、及びその他大勢の普通の親である。
さしたる根拠もなく、「勉強、勉強は中学に入ってからでいい」という風潮に流されている親たちである。
小学校での落第制が真剣に議論されれば、
そういう風潮に一石を投じる効果があるのではないかと考えている。

2010年09月27日
調べろよ!
生徒が「できました」と言う。
私はでき具合を確認し、質問はないかと問う。
「ありません」と答えると、こちらから質問だ。
「円周率って、何の何に対する率?」
「力と圧力の違いは何?」
「公地公民ってどういうこと?」
多くの場合まともな答が返ってこないので、こう指示することになる。
「教科書でも辞書でも、何を見てもいいから調べろ!」
辞書類や教科書、参考書などは豊富に揃えてある。
何とか自力で答えさせたいのだ。
用語の意味(定義)について追及されたとき、多くの生徒は辞書を引く。
「わかりました」と言うので確認しに行くと、辞書の説明をそのまま読み上げる。
本当は全く理解できていないことはすぐわかる。
途中でつっかえたり、変な所で区切ったりするのだ。
「で、その説明でわかった?」と聞くと首をかしげる...。
そりゃあそうだ。
例えば「圧力」を国語辞典で引いても、「力」との違いは書かれていない。
私が問うているのは、理科における「圧力」の定義なのだ。
結局、教科書や参考書で調べ直すよう指導することが多い。
ともあれ、わからなかったらまず自分で調べる、
それでもわからなかったら質問する、という姿勢だけは身につけさせたいのだ。
ところが、この当たり前の習慣がついていない大人が多いようだ。
少し前の信毎の記事だが、文化庁の国語に関する世論調査の結果が載っていた。
新聞や雑誌の漢字が読めずに困った経験がある人は41%だった。
以下は、その場合の調べ方に対する回答だ。
「本の形の辞書」が30%。
「携帯電話の漢字変換」が26%。
「電子辞書」12%。
「インターネット上の辞書」11%。
「ワープロ、パソコンの漢字変換」7%。
世代によって、紙の辞書から電子媒体へ大きな変化があるのは当然だが、
ここまでは、とにかく調べようという気持ちはある。
問題は次だ。
「調べない」34%
なんと、これが最も多かったのだ!
紙の辞書しかなかった時代ならわかる。
出先で辞書が近くになかったのなら仕方ない。
広辞苑のような大きな辞書では引くのが億劫で...というのもまだ理解できる。
しかし、今の時代なら先に挙げたような手軽な方法が複数ある。
いつでも、どこでもの範囲は飛躍的に広がったし、
昔より遙かに少ない手間で調べることもできるようになった。
それなのに、面倒だから調べないという回答がこれほど多いとは...。
知識欲の低下...?
こだわりの無さ...?
情報過多の影響...?
いろいろ考えさせられる調査結果であった。
一番怖ろしいのは、何に対してもこだわらず、深く考えようとしない人間が増えることだ。
私自身は「わからなかったら調べる」という基本姿勢だけは忘れたくないし、
子どもたちにもそれを訴え続けていきたいと思っている。

私はでき具合を確認し、質問はないかと問う。
「ありません」と答えると、こちらから質問だ。
「円周率って、何の何に対する率?」
「力と圧力の違いは何?」
「公地公民ってどういうこと?」
多くの場合まともな答が返ってこないので、こう指示することになる。
「教科書でも辞書でも、何を見てもいいから調べろ!」
辞書類や教科書、参考書などは豊富に揃えてある。
何とか自力で答えさせたいのだ。
用語の意味(定義)について追及されたとき、多くの生徒は辞書を引く。
「わかりました」と言うので確認しに行くと、辞書の説明をそのまま読み上げる。
本当は全く理解できていないことはすぐわかる。
途中でつっかえたり、変な所で区切ったりするのだ。
「で、その説明でわかった?」と聞くと首をかしげる...。
そりゃあそうだ。
例えば「圧力」を国語辞典で引いても、「力」との違いは書かれていない。
私が問うているのは、理科における「圧力」の定義なのだ。
結局、教科書や参考書で調べ直すよう指導することが多い。
ともあれ、わからなかったらまず自分で調べる、
それでもわからなかったら質問する、という姿勢だけは身につけさせたいのだ。
ところが、この当たり前の習慣がついていない大人が多いようだ。
少し前の信毎の記事だが、文化庁の国語に関する世論調査の結果が載っていた。
新聞や雑誌の漢字が読めずに困った経験がある人は41%だった。
以下は、その場合の調べ方に対する回答だ。
「本の形の辞書」が30%。
「携帯電話の漢字変換」が26%。
「電子辞書」12%。
「インターネット上の辞書」11%。
「ワープロ、パソコンの漢字変換」7%。
世代によって、紙の辞書から電子媒体へ大きな変化があるのは当然だが、
ここまでは、とにかく調べようという気持ちはある。
問題は次だ。
「調べない」34%
なんと、これが最も多かったのだ!
紙の辞書しかなかった時代ならわかる。
出先で辞書が近くになかったのなら仕方ない。
広辞苑のような大きな辞書では引くのが億劫で...というのもまだ理解できる。
しかし、今の時代なら先に挙げたような手軽な方法が複数ある。
いつでも、どこでもの範囲は飛躍的に広がったし、
昔より遙かに少ない手間で調べることもできるようになった。
それなのに、面倒だから調べないという回答がこれほど多いとは...。
知識欲の低下...?
こだわりの無さ...?
情報過多の影響...?
いろいろ考えさせられる調査結果であった。
一番怖ろしいのは、何に対してもこだわらず、深く考えようとしない人間が増えることだ。
私自身は「わからなかったら調べる」という基本姿勢だけは忘れたくないし、
子どもたちにもそれを訴え続けていきたいと思っている。

2010年09月24日
天皇にお願いしてはいけない!
長野市「トイーゴ」にある生涯学習センターで、金田一秀穂氏の講演会があった。
新聞で見かけてすぐに往復ハガキで申し込み、妻と聞きに行ってきた。
予想どおり楽しい雰囲気の講演会。
以下、かいつまんで内容をご紹介する。
「漢字は意味を伝えることが役目。難しい漢字なんて読めなくていい。」
テレビ番組に出演されたとき「避役」の読みを問われた。
正解は、なんと「カメレオン」!
こんなの読めなくて構わない。
「小人」は「こども」とは読めないが、
入場券売り場に「大人・小人」とあれば「小人」を「子ども」と解釈できる。
「父娘」は、それぞれの字の読みに関係なく、ふつう「おやこ」と読む。
「敬語を使っておけば間違いないとは言えない。」
「丁寧なお願いは命令と同じだ。」
敬語は大人にならなければ使ってはいけない。一人前の証である。
敬語は、使っている人が偉そうに見える側面がある。(例:国民に向けての天皇の物言い)
天皇と2人だけで食事をするとき、「醤油をとってほしい」をどう伝えればいいか?
...どう敬語を使おうが、お願いすること自体ダメ!
→正解は「しょうゆ...」とつぶやくだけ。これならお願いしていることにならない。
お願いは丁寧になればなるほど強制力が強まる(断れなくなる→命令に近くなる)。
「言葉はコミュニケーションの道具だが、情報伝達より雑談にこそ大きな意味がある。」
日本人は知らない人と話すのが苦手だが、外国人は話しかけるのが礼儀だと思っている。
意味のない日常会話を交わすことで仲良くしていられる。
ユニクロや楽天が社内の公用語を英語にしたが、英語で雑談するのは至難の業であり、
ギスギスした人間関係になってしまうのではないか...。
大まかにはこんなところか...。
どれも腑に落ちる内容だったが、敬語の話は特に興味深かった。
教材のヒントになる話もあった。
ユニクロや楽天の件は、私も同感だ。
ストレスがたまり、就業時間後の「飲みニケーション」が今より増えることにならないか...。
結果を注目していきたい。

新聞で見かけてすぐに往復ハガキで申し込み、妻と聞きに行ってきた。
予想どおり楽しい雰囲気の講演会。
以下、かいつまんで内容をご紹介する。
「漢字は意味を伝えることが役目。難しい漢字なんて読めなくていい。」
テレビ番組に出演されたとき「避役」の読みを問われた。
正解は、なんと「カメレオン」!
こんなの読めなくて構わない。
「小人」は「こども」とは読めないが、
入場券売り場に「大人・小人」とあれば「小人」を「子ども」と解釈できる。
「父娘」は、それぞれの字の読みに関係なく、ふつう「おやこ」と読む。
「敬語を使っておけば間違いないとは言えない。」
「丁寧なお願いは命令と同じだ。」
敬語は大人にならなければ使ってはいけない。一人前の証である。
敬語は、使っている人が偉そうに見える側面がある。(例:国民に向けての天皇の物言い)
天皇と2人だけで食事をするとき、「醤油をとってほしい」をどう伝えればいいか?
...どう敬語を使おうが、お願いすること自体ダメ!
→正解は「しょうゆ...」とつぶやくだけ。これならお願いしていることにならない。
お願いは丁寧になればなるほど強制力が強まる(断れなくなる→命令に近くなる)。
「言葉はコミュニケーションの道具だが、情報伝達より雑談にこそ大きな意味がある。」
日本人は知らない人と話すのが苦手だが、外国人は話しかけるのが礼儀だと思っている。
意味のない日常会話を交わすことで仲良くしていられる。
ユニクロや楽天が社内の公用語を英語にしたが、英語で雑談するのは至難の業であり、
ギスギスした人間関係になってしまうのではないか...。
大まかにはこんなところか...。
どれも腑に落ちる内容だったが、敬語の話は特に興味深かった。
教材のヒントになる話もあった。
ユニクロや楽天の件は、私も同感だ。
ストレスがたまり、就業時間後の「飲みニケーション」が今より増えることにならないか...。
結果を注目していきたい。

2010年09月22日
温暖化?
7月に、記事内容とは関係なくツマグロヒョウモンの画像を載せた。
庭先にやって来た、初めて見る美しい蝶の写真だ。
そのとき図鑑で調べて、南方系であることは確認していたが...。
今日の信濃毎日新聞「斜面」に、ツマグロヒョウモンの話題があった。
やはり、かつては長野県では見られなかった蝶だという。
43年前の図鑑では、生息の北限は「大阪府南部あたり」となっているそうだ。
これも温暖化の影響なのか?
蝶ではナガサキアゲハという大型のものが、北へ北へと生息域を伸ばしていることが
以前から注目されているらしい。
ただ、だからと言って温暖化が原因とは断定できないとのこと。
自然環境の変化だけでなく、社会的な要因(土や植物が運ばれるなど)も考慮する必要があるからだ。
そもそも地球は本当に温暖化しているのか?
もししているなら、本当に二酸化炭素の増加が元凶なのか?
「常識」のように言われてきたことに対し、今では様々な異論が登場してきた。
温暖化は大嘘で、むしろ氷河期に向かっているという人もいる。
二酸化炭素が温室効果を促進する割合など微々たるもので、
気温の上昇に関わっているのは太陽の黒点活動だという説もある。
どれが真実なのか、我々はどうすればいいのか、わからないことだらけだ。
これは一つ、マスコミや人の意見に振り回されることなく真剣に考えてみたい。
まずは様々な意見とデータを集めることから始めたい。

庭先にやって来た、初めて見る美しい蝶の写真だ。
そのとき図鑑で調べて、南方系であることは確認していたが...。
今日の信濃毎日新聞「斜面」に、ツマグロヒョウモンの話題があった。
やはり、かつては長野県では見られなかった蝶だという。
43年前の図鑑では、生息の北限は「大阪府南部あたり」となっているそうだ。
これも温暖化の影響なのか?
蝶ではナガサキアゲハという大型のものが、北へ北へと生息域を伸ばしていることが
以前から注目されているらしい。
ただ、だからと言って温暖化が原因とは断定できないとのこと。
自然環境の変化だけでなく、社会的な要因(土や植物が運ばれるなど)も考慮する必要があるからだ。
そもそも地球は本当に温暖化しているのか?
もししているなら、本当に二酸化炭素の増加が元凶なのか?
「常識」のように言われてきたことに対し、今では様々な異論が登場してきた。
温暖化は大嘘で、むしろ氷河期に向かっているという人もいる。
二酸化炭素が温室効果を促進する割合など微々たるもので、
気温の上昇に関わっているのは太陽の黒点活動だという説もある。
どれが真実なのか、我々はどうすればいいのか、わからないことだらけだ。
これは一つ、マスコミや人の意見に振り回されることなく真剣に考えてみたい。
まずは様々な意見とデータを集めることから始めたい。

2010年09月20日
逆行していないか?
毎年この時期に、長野県高校入試のいわゆる「過去問」を中3生に配布する。
実際の入試のレベルや傾向を認識させるためだ。
今年出版されたものは、2010年に実施された入試から過去5年間、
つまり2006年までの問題と正解、解説が収録されている。
毎年、最大手であろうF教育社の過去問集を買っているが、
うまいところに目を付けたものだと感心する。
各都道府県別のものを、受験生の3割が購入したとしても相当な売上になる。
編集は、新聞にも掲載される問題、正解を載せ、簡単な解説を加えるだけだ。
ただし、この解説には今一なものも...。
翌年入試の出題分野予測もあるが、これはもっと当てにならない。
塾には以前からのものが1部ずつ保管してあるので、
古くは昭和の時代の入試問題もある。
今の問題と比べると、各教科ともずいぶん様相が異なるようだ。
中でも気になったのが国語だ。
記述問題が激減している...。
かつては150~200字で、自分の考えや意見を書かせる問題があった。
単独の設問で、小論文とまでは行かないが、テーマに沿った作文だ。
それが徐々に字数が少なくなる。
同時に、独立した問題ではなく、長文読解の中の小問扱いになった。
一部の要約や、該当部分の理由を書かせる形式だ。
2004年以降は、50字を超える記述問題は皆無だ。
文章の一部を抜き出して答えればOKというものが主流である。
自分の言葉で表現する力は問われていない...。
日本人の言語力が危ないと言われている昨今である。
高校入試のこの流れは、時代に逆行しているのではないか。
今こそ、自分の考えを整理し、自分の言葉で伝える力を重視すべきではないのか...。
自由記述を増やせば、もちろん採点の手間も増える。
採点者の判断に委ねるのは平等ではないという意見もあろう。
それでも、だからと言って切り捨てていい問題ではない。
他の都道府県を見れば、長めの自由記述を採り入れているところも決して珍しくないのだ。
やる気次第である。
今年も10月に実施予定の「言語力検定」は、
4割が自由記述なので結果が出るまでに1ヶ月以上かかる。
さすがに高校入試ではこうは行かないが、
何らかの対策を考えた上で、自由記述問題を復活させてもらいたいと切に願う。

実際の入試のレベルや傾向を認識させるためだ。
今年出版されたものは、2010年に実施された入試から過去5年間、
つまり2006年までの問題と正解、解説が収録されている。
毎年、最大手であろうF教育社の過去問集を買っているが、
うまいところに目を付けたものだと感心する。
各都道府県別のものを、受験生の3割が購入したとしても相当な売上になる。
編集は、新聞にも掲載される問題、正解を載せ、簡単な解説を加えるだけだ。
ただし、この解説には今一なものも...。
翌年入試の出題分野予測もあるが、これはもっと当てにならない。
塾には以前からのものが1部ずつ保管してあるので、
古くは昭和の時代の入試問題もある。
今の問題と比べると、各教科ともずいぶん様相が異なるようだ。
中でも気になったのが国語だ。
記述問題が激減している...。
かつては150~200字で、自分の考えや意見を書かせる問題があった。
単独の設問で、小論文とまでは行かないが、テーマに沿った作文だ。
それが徐々に字数が少なくなる。
同時に、独立した問題ではなく、長文読解の中の小問扱いになった。
一部の要約や、該当部分の理由を書かせる形式だ。
2004年以降は、50字を超える記述問題は皆無だ。
文章の一部を抜き出して答えればOKというものが主流である。
自分の言葉で表現する力は問われていない...。
日本人の言語力が危ないと言われている昨今である。
高校入試のこの流れは、時代に逆行しているのではないか。
今こそ、自分の考えを整理し、自分の言葉で伝える力を重視すべきではないのか...。
自由記述を増やせば、もちろん採点の手間も増える。
採点者の判断に委ねるのは平等ではないという意見もあろう。
それでも、だからと言って切り捨てていい問題ではない。
他の都道府県を見れば、長めの自由記述を採り入れているところも決して珍しくないのだ。
やる気次第である。
今年も10月に実施予定の「言語力検定」は、
4割が自由記述なので結果が出るまでに1ヶ月以上かかる。
さすがに高校入試ではこうは行かないが、
何らかの対策を考えた上で、自由記述問題を復活させてもらいたいと切に願う。

2010年09月18日
仕事が遅い!
DKの蛍光灯は紐で引っ張るスイッチだ。
これの調子がずっとおかしい。
引っ張ったのがカチッと戻らない。
何度やっても同じで、次のステップに移れない。
思い切り引っ張っておいてからパッと放すと、その弾みでようやく戻る。
急いでいるときは本当にイライラする...。
そう言えば、息子が前の下宿で使っていて不要になった蛍光灯がある。
それに変えてしまおうかと思ったが、天井に取り付けるアタッチメントが特殊なものだった。
たまたま別件で電気工事店に来てもらう必要ができたので、
ついでに蛍光灯も何とかしてもらおうということになった。
電話で頼んで、まず見に来るまで1週間。
別件は簡単に済ませ、蛍光灯はアタッチメントを持ってくるとのことで、5分で終わり。
5日後にやって来たが、持ってきたのは天井側のアタッチメントだけで、
器具側のアタッチメントはないかと聞かれる。
ないと答えると、それはメーカーごとに違うので取り寄せになると言う。
2,000~3,000円すると言うので、今の蛍光灯のスイッチは直らないのか聞いてみた。
「プルスイッチ」ごと取り替えなければならず、こちらも同じくらい費用がかかるとのこと。
いずれにしてもメーカーに確認する必要があると言うが、土曜日だったのでどうしようもない。
とりあえずは、新しいのに取り替える場合とスイッチを直す場合、
それぞれの見積もりをお願いした。
「週明けに...」と言って帰ったのだが...。
それから今日で1週間、何の音沙汰もない。
初めの依頼から数えたらもう3週間だ。
町では一番大きな店だと思う。
歴史もありそうだ。
近所でもそこに頼んでいる人が多いようだが、
こんな仕事の仕方でよくやって来られたものだ。
小さな仕事だから後回しにされているのだろうか...。
以前塾の電気工事で、この店に頼んだときもそうだった。
なかなか来ない。
こうしてくれと頼んだことを忘れる。
おまけに高い!
こう三拍子揃っていては、今後が大いに危ぶまれる。
若い従業員も何人かいるのだから、
客の立場に立った仕事ということを、もう一度真剣に考えてもらいたいものだ。

これの調子がずっとおかしい。
引っ張ったのがカチッと戻らない。
何度やっても同じで、次のステップに移れない。
思い切り引っ張っておいてからパッと放すと、その弾みでようやく戻る。
急いでいるときは本当にイライラする...。
そう言えば、息子が前の下宿で使っていて不要になった蛍光灯がある。
それに変えてしまおうかと思ったが、天井に取り付けるアタッチメントが特殊なものだった。
たまたま別件で電気工事店に来てもらう必要ができたので、
ついでに蛍光灯も何とかしてもらおうということになった。
電話で頼んで、まず見に来るまで1週間。
別件は簡単に済ませ、蛍光灯はアタッチメントを持ってくるとのことで、5分で終わり。
5日後にやって来たが、持ってきたのは天井側のアタッチメントだけで、
器具側のアタッチメントはないかと聞かれる。
ないと答えると、それはメーカーごとに違うので取り寄せになると言う。
2,000~3,000円すると言うので、今の蛍光灯のスイッチは直らないのか聞いてみた。
「プルスイッチ」ごと取り替えなければならず、こちらも同じくらい費用がかかるとのこと。
いずれにしてもメーカーに確認する必要があると言うが、土曜日だったのでどうしようもない。
とりあえずは、新しいのに取り替える場合とスイッチを直す場合、
それぞれの見積もりをお願いした。
「週明けに...」と言って帰ったのだが...。
それから今日で1週間、何の音沙汰もない。
初めの依頼から数えたらもう3週間だ。
町では一番大きな店だと思う。
歴史もありそうだ。
近所でもそこに頼んでいる人が多いようだが、
こんな仕事の仕方でよくやって来られたものだ。
小さな仕事だから後回しにされているのだろうか...。
以前塾の電気工事で、この店に頼んだときもそうだった。
なかなか来ない。
こうしてくれと頼んだことを忘れる。
おまけに高い!
こう三拍子揃っていては、今後が大いに危ぶまれる。
若い従業員も何人かいるのだから、
客の立場に立った仕事ということを、もう一度真剣に考えてもらいたいものだ。

2010年09月16日
「ここ一番」での強さとは?
昨日からずっと冷たい雨だ。
昨夜塾から帰ってくるときも寒かったが、今日も部屋の温度計は21℃。
半袖では寒いので、1枚羽織っている。
1週間前の暑さが嘘のようだ...。
わが阪神タイガースにも秋の気配が色濃く漂ってきた。
つい8日前まで首位にいて、いつマジック点灯かと浮かれていたのに、
下位チームに取りこぼし、あれよあれよの3位転落...。
考えられない継投など、采配のミスで落とした試合もあるが、
打つ方も投げる方も全く生彩がない。
実はこれ、阪神というチームの悪しき伝統でもある。
特にここ数年は、優勝争いをしていても9月に入ると失速する。
2007年はまさかの8連敗(その8連敗目を甲子園で観戦)。
2008年は球史に刻まれる13.5ゲーム差を逆転されてのV逸...。
短期決戦に弱いというのも、よく耳にするファンの声だ。
クライマックスシリーズはことごとく敗退している。
前回2005年に優勝したときも、日本シリーズではロッテに屈辱の4連敗だった。
なぜ「ここ一番」という大事な試合に勝てないのか...。
あんなにもたついていた中日は、9月に入って11勝1敗(1分)だ。
かたや阪神は5勝7敗(1分)なので、半月で6.5ゲーム差がついたことになる。
中学生でもそういう子がいる。
テストになると点が取れない。一つ一つの内容はよく理解しているのに、
テストでは勘違いや些細なミスが多くなってしまうのだ。
いったいどこに原因があるのか...。
①実力
勝負所できっちり勝てるのは、もちろん実力があるからだ。
野球で言えば、まずは投手力&守備力。
打力よりよほど頼りになる。
中日はまさに投手王国だ。
しかし、実力だけでは勝てないのもまた事実である。
先に挙げたような、テストになるとダメという現象は、これでは説明がつかない。
ミスをしないのも実力のうちと言ってしまえばそれまでだが...。
②運、勢い
これも当然バカにはできない。
野球なら、ラッキーな当たりや相手のエラーが大量点につながることがある。
自軍に有利な判定で救われることもあるだろう。
高校野球では、波に乗った無名高が強豪を次々と打ち破ることは珍しくない。
高校入試に向けて、夏を過ぎてからグングン成績を上げてくる子がいる。
入試直前の総合テストでは、まだ志望校の合格基準には少し足りない。
それでもこういう子は勢いがあるので、意外と受かってしまうことが多い。
じり貧気味の350点より、右肩上がりで来た340点の方がずっと強いのだ。
それでもなお、釈然としないものが残る。
阪神の9月の弱さは何なんだ...。
③前向きに楽しむこと
先日のヤクルト戦で、阪神の高卒ルーキー秋山君が完封勝利を挙げた。
前日、前々日と逆転負けを喫し、嫌なムードで迎えた試合だった。
しかも大観衆の甲子園での登板。
相当なプレッシャーがあったことと思うが、それを全く感じさせないみごとな投球を披露した。
投球数93、被安打4、四死球ゼロは文句なし。
自分でタイムリーヒットも打っている。
まさにシンデレラボーイ、救世主という活躍だった。
さらに、チームの連敗を止めたのはこれで3度目だ。
この19歳は、なぜ「ここ一番」で実力を発揮できるのか...。
日曜日だったので試合開始からすべて観ていたが、
一番印象に残ったのは笑顔である。
野球をすることを心底楽しんでいる様子が伝わってきた。
ピンチでも全く動じない(ように見えた)落ち着きは、
プレッシャーもまた楽しんでいるかのようだった。
最後の方は自信さえ感じさせる堂々の投げっぷり...。
打たれたらどうしようとか、負けたら自分の責任だとか、
そんなことはこれっぽっちも考えていなかったと思う。
ただ一所懸命に投げること、目の前の相手を打ち取ることだけを考え、
ひたすらプラス思考で乗り切ったのではないだろうか...。
勉強も楽しんでやることが一番である。
何かのため、あるいは誰かのために、仕方なくやる勉強では楽しいはずがない。
意味もわからず、ただテストのために覚える勉強を繰り返しても、苦痛なだけだ。
考えること自体を楽しむ学習に変えていかなければならない。
テストも、入試までも楽しめるようになれば怖いものなしだ。
間違ったらどうしようとか、またミスをするんじゃないかという気持ちで臨んでも結果は期待できない。
今日の雨は阪神ファンの涙雨か...。
天気予報では、また暑くなると言っていた。
タイガースもきっと盛り返してくれるであろうと、一縷の望みを抱いている。

昨夜塾から帰ってくるときも寒かったが、今日も部屋の温度計は21℃。
半袖では寒いので、1枚羽織っている。
1週間前の暑さが嘘のようだ...。
わが阪神タイガースにも秋の気配が色濃く漂ってきた。
つい8日前まで首位にいて、いつマジック点灯かと浮かれていたのに、
下位チームに取りこぼし、あれよあれよの3位転落...。
考えられない継投など、采配のミスで落とした試合もあるが、
打つ方も投げる方も全く生彩がない。
実はこれ、阪神というチームの悪しき伝統でもある。
特にここ数年は、優勝争いをしていても9月に入ると失速する。
2007年はまさかの8連敗(その8連敗目を甲子園で観戦)。
2008年は球史に刻まれる13.5ゲーム差を逆転されてのV逸...。
短期決戦に弱いというのも、よく耳にするファンの声だ。
クライマックスシリーズはことごとく敗退している。
前回2005年に優勝したときも、日本シリーズではロッテに屈辱の4連敗だった。
なぜ「ここ一番」という大事な試合に勝てないのか...。
あんなにもたついていた中日は、9月に入って11勝1敗(1分)だ。
かたや阪神は5勝7敗(1分)なので、半月で6.5ゲーム差がついたことになる。
中学生でもそういう子がいる。
テストになると点が取れない。一つ一つの内容はよく理解しているのに、
テストでは勘違いや些細なミスが多くなってしまうのだ。
いったいどこに原因があるのか...。
①実力
勝負所できっちり勝てるのは、もちろん実力があるからだ。
野球で言えば、まずは投手力&守備力。
打力よりよほど頼りになる。
中日はまさに投手王国だ。
しかし、実力だけでは勝てないのもまた事実である。
先に挙げたような、テストになるとダメという現象は、これでは説明がつかない。
ミスをしないのも実力のうちと言ってしまえばそれまでだが...。
②運、勢い
これも当然バカにはできない。
野球なら、ラッキーな当たりや相手のエラーが大量点につながることがある。
自軍に有利な判定で救われることもあるだろう。
高校野球では、波に乗った無名高が強豪を次々と打ち破ることは珍しくない。
高校入試に向けて、夏を過ぎてからグングン成績を上げてくる子がいる。
入試直前の総合テストでは、まだ志望校の合格基準には少し足りない。
それでもこういう子は勢いがあるので、意外と受かってしまうことが多い。
じり貧気味の350点より、右肩上がりで来た340点の方がずっと強いのだ。
それでもなお、釈然としないものが残る。
阪神の9月の弱さは何なんだ...。
③前向きに楽しむこと
先日のヤクルト戦で、阪神の高卒ルーキー秋山君が完封勝利を挙げた。
前日、前々日と逆転負けを喫し、嫌なムードで迎えた試合だった。
しかも大観衆の甲子園での登板。
相当なプレッシャーがあったことと思うが、それを全く感じさせないみごとな投球を披露した。
投球数93、被安打4、四死球ゼロは文句なし。
自分でタイムリーヒットも打っている。
まさにシンデレラボーイ、救世主という活躍だった。
さらに、チームの連敗を止めたのはこれで3度目だ。
この19歳は、なぜ「ここ一番」で実力を発揮できるのか...。
日曜日だったので試合開始からすべて観ていたが、
一番印象に残ったのは笑顔である。
野球をすることを心底楽しんでいる様子が伝わってきた。
ピンチでも全く動じない(ように見えた)落ち着きは、
プレッシャーもまた楽しんでいるかのようだった。
最後の方は自信さえ感じさせる堂々の投げっぷり...。
打たれたらどうしようとか、負けたら自分の責任だとか、
そんなことはこれっぽっちも考えていなかったと思う。
ただ一所懸命に投げること、目の前の相手を打ち取ることだけを考え、
ひたすらプラス思考で乗り切ったのではないだろうか...。
勉強も楽しんでやることが一番である。
何かのため、あるいは誰かのために、仕方なくやる勉強では楽しいはずがない。
意味もわからず、ただテストのために覚える勉強を繰り返しても、苦痛なだけだ。
考えること自体を楽しむ学習に変えていかなければならない。
テストも、入試までも楽しめるようになれば怖いものなしだ。
間違ったらどうしようとか、またミスをするんじゃないかという気持ちで臨んでも結果は期待できない。
今日の雨は阪神ファンの涙雨か...。
天気予報では、また暑くなると言っていた。
タイガースもきっと盛り返してくれるであろうと、一縷の望みを抱いている。

2010年09月14日
風邪気味...
土曜日から体調が悪い。
鼻水が出るし、熱っぽくて頭が痛い。
...風邪をひいたようだ。
日曜の夜、風邪薬を飲んだら途端に楽になった。
安心して寝たのに、昨日目覚めたら症状がぶり返していた。
夏バテかな?
家ではエアコン不要だが、塾で毎日冷やされすぎたか...。
ここのところ夜はぐんと涼しくなったのに、
相変わらずタオルケットだけで寝ていたのがいけなかったのかも知れない。
こういうとき、一人でやっている仕事は本当に困る。
かつては人に手伝ってもらっていたこともあるが、
今は2教室とも一人だけで切り盛りしている。
急に休みにするのも生徒に迷惑がかかるし、
第一それはそれで連絡が大変だ。
結局無理を押して出かけることになる。
それでも昨日は、塾が始まったら元気になった。
10時過ぎまで何事なく、無事終了...。
開始前に飲んでおいた薬が効いたのか、
気持ちが張りつめていたから大丈夫だったのか...。
今朝はだいぶマシだが、まだ少しその気(け)がある。
今日一日なんとか乗り切って、明日の朝は気分よく目覚めたいものだ。

鼻水が出るし、熱っぽくて頭が痛い。
...風邪をひいたようだ。
日曜の夜、風邪薬を飲んだら途端に楽になった。
安心して寝たのに、昨日目覚めたら症状がぶり返していた。
夏バテかな?
家ではエアコン不要だが、塾で毎日冷やされすぎたか...。
ここのところ夜はぐんと涼しくなったのに、
相変わらずタオルケットだけで寝ていたのがいけなかったのかも知れない。
こういうとき、一人でやっている仕事は本当に困る。
かつては人に手伝ってもらっていたこともあるが、
今は2教室とも一人だけで切り盛りしている。
急に休みにするのも生徒に迷惑がかかるし、
第一それはそれで連絡が大変だ。
結局無理を押して出かけることになる。
それでも昨日は、塾が始まったら元気になった。
10時過ぎまで何事なく、無事終了...。
開始前に飲んでおいた薬が効いたのか、
気持ちが張りつめていたから大丈夫だったのか...。
今朝はだいぶマシだが、まだ少しその気(け)がある。
今日一日なんとか乗り切って、明日の朝は気分よく目覚めたいものだ。

2010年09月12日
酒の味を「覚える」
言語力を育てる教材を製作中である。
まずは中学生向けのものから...。
著作権に抵触しないよう、「青空文庫」に収録されているものを題材にする。
第一弾は新美南吉作「おじいさんのランプ」である。
この話、おぼろげな記憶はあったのだが、
今回改めて読んでみて、素晴らしい作品であることを再認識した。
ぜひ皆さんにご一読いただきたい。
さて、これを元に様々な問題を作っているのだが、
市販の国語問題集とは一線も二線も画するものをということで、とても時間がかかる。
なんとか早めに仕上げたいのだが、遅々として進まない...。
物語の中盤、孤児だった主人公の「巳之助」はランプ屋で成功し、
立派に一家を支えるまでになった。
一部を抜粋する。
巳之助はもう、男ざかりの大人であった。家には子供が二人あった。「自分もこれで
どうやらひとり立ちができたわけだ。まだ身を立てるというところまではいっていない
けれども」と、ときどき思って見て、そのつど心に満足を覚えるのであった。
ここの「満足を覚える」という表現を題材にしようと考えた。
「覚える」を他の言葉に言い換えるとどうなるかを考えさせるのだ。
...ここではもちろん「感じる」、あるいは「思う」が正解となろう。
「違和感を覚える」「痛みを覚える」などと同じだ、
改めて読み返すと、今の部分のすぐ前にも「おぼえる」があった。
こちらは平仮名だ。
字が読めなかった巳之助は、区長に字を教わる。
熱心だったので一年もすると、巳之助は尋常科を卒業した村人の誰にも負けないくらい
読めるようになった。
そして巳之助は書物を読むことをおぼえた。
この「おぼえる」はどうだろう?
先ほどの「覚える」とは明らかに意味が違う。
だからこそ、作者もあえて平仮名にしたのかも知れない。
言い換えればどうなるか...。
いっそのこと、いろいろな「覚える」を登場させて、
その使い分けを意識させる問題にしようかと考えた。
まずは辞書を引いてみる。
「広辞苑」は古語辞典の役割も兼ね備えているので、
「覚える」で引くと「覚ゆ」を見ろとあった。
古語としての意味は省いて紹介する。
①自ずとそう思われる。感じる。
②記憶する
③学んで知る。教えられて習得する。
続いて「旺文社国語辞典」。
①記憶する。忘れずに心にとどめる。暗記する。
②学ぶ。会得する。
③感じる。
さて、「書物を読むことをおぼえる」はどれにあたるだろう...。
近いのは「学んで知る。教えられて習得する。」と「学ぶ。会得する。」だが、
なにか違う気もする。
「仕事を覚える」や「料理を覚える」なら
「学んで」「習得する」というイメージでピッタリなのだが...。
この場合、読めなかった字を熱心に学び、ついに読めるようになった。
字を読むことを習得した、つまり「字を覚えた」のだ。
その結果として「書物を読むこと」が可能になっただけだ。
書物の読み方を学んだわけではない...。
困ったときは「新解さん(新明解国語辞典)」だ。
①心やからだで、そう感じる。
②(経験した事や習得した事を)忘れられないものとして心にとどめる。記憶する。
③(習得した事を)身につける。体得する。
④「思われる」意の老人語。
特筆すべきは②だ。
単に暗記する、記憶するではなく、しっかりと心に刻み込むというニュアンスが感じられる。
ただ、ここに挙げられている文例がピンとこない。
「酒の味を覚える」
これは記憶するわけでも、心にとどめるわけでもない。
「知る」「知り始める」くらいの意味ではないだろうか...。
先に挙げた「書物を読むことをおぼえた」も、私はこれと同じだ解釈している。
字を読むことを習得して、本を読むことを知ったのだ。
辞書に「覚える」の意味を追加してほしいところだ。
皆さん、どう思われますか?
「酒の味を覚える」を「習得する」や「記憶する」で説明されて腑に落ちますか?ぜひご意見をお聞かせください。

まずは中学生向けのものから...。
著作権に抵触しないよう、「青空文庫」に収録されているものを題材にする。
第一弾は新美南吉作「おじいさんのランプ」である。
この話、おぼろげな記憶はあったのだが、
今回改めて読んでみて、素晴らしい作品であることを再認識した。
ぜひ皆さんにご一読いただきたい。
さて、これを元に様々な問題を作っているのだが、
市販の国語問題集とは一線も二線も画するものをということで、とても時間がかかる。
なんとか早めに仕上げたいのだが、遅々として進まない...。
物語の中盤、孤児だった主人公の「巳之助」はランプ屋で成功し、
立派に一家を支えるまでになった。
一部を抜粋する。
巳之助はもう、男ざかりの大人であった。家には子供が二人あった。「自分もこれで
どうやらひとり立ちができたわけだ。まだ身を立てるというところまではいっていない
けれども」と、ときどき思って見て、そのつど心に満足を覚えるのであった。
ここの「満足を覚える」という表現を題材にしようと考えた。
「覚える」を他の言葉に言い換えるとどうなるかを考えさせるのだ。
...ここではもちろん「感じる」、あるいは「思う」が正解となろう。
「違和感を覚える」「痛みを覚える」などと同じだ、
改めて読み返すと、今の部分のすぐ前にも「おぼえる」があった。
こちらは平仮名だ。
字が読めなかった巳之助は、区長に字を教わる。
熱心だったので一年もすると、巳之助は尋常科を卒業した村人の誰にも負けないくらい
読めるようになった。
そして巳之助は書物を読むことをおぼえた。
この「おぼえる」はどうだろう?
先ほどの「覚える」とは明らかに意味が違う。
だからこそ、作者もあえて平仮名にしたのかも知れない。
言い換えればどうなるか...。
いっそのこと、いろいろな「覚える」を登場させて、
その使い分けを意識させる問題にしようかと考えた。
まずは辞書を引いてみる。
「広辞苑」は古語辞典の役割も兼ね備えているので、
「覚える」で引くと「覚ゆ」を見ろとあった。
古語としての意味は省いて紹介する。
①自ずとそう思われる。感じる。
②記憶する
③学んで知る。教えられて習得する。
続いて「旺文社国語辞典」。
①記憶する。忘れずに心にとどめる。暗記する。
②学ぶ。会得する。
③感じる。
さて、「書物を読むことをおぼえる」はどれにあたるだろう...。
近いのは「学んで知る。教えられて習得する。」と「学ぶ。会得する。」だが、
なにか違う気もする。
「仕事を覚える」や「料理を覚える」なら
「学んで」「習得する」というイメージでピッタリなのだが...。
この場合、読めなかった字を熱心に学び、ついに読めるようになった。
字を読むことを習得した、つまり「字を覚えた」のだ。
その結果として「書物を読むこと」が可能になっただけだ。
書物の読み方を学んだわけではない...。
困ったときは「新解さん(新明解国語辞典)」だ。
①心やからだで、そう感じる。
②(経験した事や習得した事を)忘れられないものとして心にとどめる。記憶する。
③(習得した事を)身につける。体得する。
④「思われる」意の老人語。
特筆すべきは②だ。
単に暗記する、記憶するではなく、しっかりと心に刻み込むというニュアンスが感じられる。
ただ、ここに挙げられている文例がピンとこない。
「酒の味を覚える」
これは記憶するわけでも、心にとどめるわけでもない。
「知る」「知り始める」くらいの意味ではないだろうか...。
先に挙げた「書物を読むことをおぼえた」も、私はこれと同じだ解釈している。
字を読むことを習得して、本を読むことを知ったのだ。
辞書に「覚える」の意味を追加してほしいところだ。
皆さん、どう思われますか?
「酒の味を覚える」を「習得する」や「記憶する」で説明されて腑に落ちますか?ぜひご意見をお聞かせください。

2010年09月10日
たのしいプロやきゅう
昨夜の阪神-中日戦は実に面白かった。
首位攻防戦に4ヶ月ぶりにエース能見が復帰登板。
粘りの投球を見せるも打線が援護できず、9回裏まで1-2と敗色濃厚だった。
9回1アウトから城島がヒットで出塁。
ここで中日は岩瀬を出してきた。
浅尾よりは岩瀬の方が何とかなりそう...。
ところが代走大和がまさかの盗塁死で2アウトランナーなし...。
あんな大事な場面で盗塁なんかするな!
これで万事休すかと思ったら、なんと藤川俊が3塁打!!
続く代打桧山がライト前にフラフラッと打ち上げる。
思わずテレビに向かって「落ちろ、落ちろ!」と大声を上げた。
...二塁手が差し出すグラブのわずか先にポトンと落ち、土壇場で同点!!
おそらくあの瞬間、日本中で何百万の阪神ファンが、
同じように「落ちろ!」と叫んだに違いない...。
さて、本当に面白いのはここからだ。
10回裏、サヨナラの絶好機を作るが、1死満塁で浅井がショートライナー。
飛び出した1塁ランナーのブラゼルが帰塁できず、最悪のダブルプレー。
ここでブラゼルが、アウトの判定に激怒して塁審に詰め寄った。
確かにテレビではきわどいタイミングだったが...。
結果、審判に暴言を吐いたということで、ブラゼルは退場処分になる。
さあ、これは大変だ!
何が大変って、さっきからテレビでは、
阪神は野手全員を使い果たしていると言っていたではないか...。
つまり、ブラゼルの代わりを務める野手が残っていないのだ!
こんな展開初めて見た。
キャッチャーがいなくなって、内野手や外野手が代役を果たしたのは記憶にあるが...。
野手がいないのだから、投手が出るしかない。
急遽首脳陣が話し合い、選手の意見も聞いて、「みんなが一番うまいと言った」西村が外野手に...。
阪神にとっては大ピンチのはずなのに、
思わず出てきた言葉は「こりゃ面白いなぁ」だった。
今日のスポーツニュースを見ると、西村は高校時代に外野の経験があるようだが、
もちろんプロでは初めてのこと。
しかも首位決戦の延長戦。
ドキドキだったろうな...。
極力西村の所に打球が飛ばないように、ベンチは打者が変わる度にライトとレフトを入れ換えた。
外野の端から端まで、西村と平野が走っていって交替する。
その度にセンターの藤川俊が、何か西村にアドバイスしていた。
ベンチからの指示に、
「え?今度はこっちですか?」という真剣な顔で応じていた西村が微笑ましい。
まるで高校野球を見ているようだった。
ピッチャーの頑張りもあり、結果的に西村へは打球は飛ばなかった。
しかしまだ続きがあった。
負けがなくなった延長12回裏。
最後の最後に、西村に打席が回ってきたのだ。もちろん代打はいない。
気合いの入った豪快なスイングをしていたが、
さすがにそう簡単には打てない。
2ストライクを取られたところで、新井が盗塁失敗でゲームセット...。
甲子園だったので勝利を期待していたが、
勝ちに等しい引き分けだったと言っていいだろう。
よく負けなかったものだ...。
何より、いろいろなことがあって楽しい試合だった。
5時間21分という時間を忘れるような...。
今日球場に行った人は得した気分だろう。
9時半からやっとテレビ観戦できた私も、そこから2時間近く見られて大満足だった。
こういう、どこかマヌケな、でも憎めない試合をやってくれるところが阪神の魅力の一つである。
さあ、今日からは別の一面、強い阪神を見せてくれることに期待していますよ!

首位攻防戦に4ヶ月ぶりにエース能見が復帰登板。
粘りの投球を見せるも打線が援護できず、9回裏まで1-2と敗色濃厚だった。
9回1アウトから城島がヒットで出塁。
ここで中日は岩瀬を出してきた。
浅尾よりは岩瀬の方が何とかなりそう...。
ところが代走大和がまさかの盗塁死で2アウトランナーなし...。
あんな大事な場面で盗塁なんかするな!
これで万事休すかと思ったら、なんと藤川俊が3塁打!!
続く代打桧山がライト前にフラフラッと打ち上げる。
思わずテレビに向かって「落ちろ、落ちろ!」と大声を上げた。
...二塁手が差し出すグラブのわずか先にポトンと落ち、土壇場で同点!!
おそらくあの瞬間、日本中で何百万の阪神ファンが、
同じように「落ちろ!」と叫んだに違いない...。
さて、本当に面白いのはここからだ。
10回裏、サヨナラの絶好機を作るが、1死満塁で浅井がショートライナー。
飛び出した1塁ランナーのブラゼルが帰塁できず、最悪のダブルプレー。
ここでブラゼルが、アウトの判定に激怒して塁審に詰め寄った。
確かにテレビではきわどいタイミングだったが...。
結果、審判に暴言を吐いたということで、ブラゼルは退場処分になる。
さあ、これは大変だ!
何が大変って、さっきからテレビでは、
阪神は野手全員を使い果たしていると言っていたではないか...。
つまり、ブラゼルの代わりを務める野手が残っていないのだ!
こんな展開初めて見た。
キャッチャーがいなくなって、内野手や外野手が代役を果たしたのは記憶にあるが...。
野手がいないのだから、投手が出るしかない。
急遽首脳陣が話し合い、選手の意見も聞いて、「みんなが一番うまいと言った」西村が外野手に...。
阪神にとっては大ピンチのはずなのに、
思わず出てきた言葉は「こりゃ面白いなぁ」だった。
今日のスポーツニュースを見ると、西村は高校時代に外野の経験があるようだが、
もちろんプロでは初めてのこと。
しかも首位決戦の延長戦。
ドキドキだったろうな...。
極力西村の所に打球が飛ばないように、ベンチは打者が変わる度にライトとレフトを入れ換えた。
外野の端から端まで、西村と平野が走っていって交替する。
その度にセンターの藤川俊が、何か西村にアドバイスしていた。
ベンチからの指示に、
「え?今度はこっちですか?」という真剣な顔で応じていた西村が微笑ましい。
まるで高校野球を見ているようだった。
ピッチャーの頑張りもあり、結果的に西村へは打球は飛ばなかった。
しかしまだ続きがあった。
負けがなくなった延長12回裏。
最後の最後に、西村に打席が回ってきたのだ。もちろん代打はいない。
気合いの入った豪快なスイングをしていたが、
さすがにそう簡単には打てない。
2ストライクを取られたところで、新井が盗塁失敗でゲームセット...。
甲子園だったので勝利を期待していたが、
勝ちに等しい引き分けだったと言っていいだろう。
よく負けなかったものだ...。
何より、いろいろなことがあって楽しい試合だった。
5時間21分という時間を忘れるような...。
今日球場に行った人は得した気分だろう。
9時半からやっとテレビ観戦できた私も、そこから2時間近く見られて大満足だった。
こういう、どこかマヌケな、でも憎めない試合をやってくれるところが阪神の魅力の一つである。
さあ、今日からは別の一面、強い阪神を見せてくれることに期待していますよ!

2010年09月08日
迷惑電話
昨日の昼前、自宅にかかってきた一本の電話。
「以前注文をもらった北海道の海産物業者」だと言う。
電話の向こうがやけに騒々しくて聞き取りにくい。
そんな注文したことあったっけ?
Yahooショッピングとかで利用したかな...?
...にしても、会社名も名乗らないなあ...。
などと考えて適当な返事をしていたら、
いらついたような大声で話してきた。
どうたら、ズワイガニを安く販売するという話らしい。
私「今、要らないなぁ...。」
男「今要らないなら、いつ要るの?!」
私「知らないよ。とにかく要らない!」
男「だから、今注文しなけりゃいつ注文するの?!」
私「しつこいなぁ。要らないって言ってるでしょ!」
男「暑いから食べたくないとか言うんでしょ?!」
私「いつ食べたくなろうが、こっちの勝手だろ!!」
まだ何か言っていたが、ラチが明かないので電話を切った。
折り返しかかって来るかと思ったが、そうでもない。
非常に不愉快な電話で腹が立ったので、相手の電話番号を調べた。
ご存知だろうか?
ナンバー・ディスプレイを契約していなくても、
直前にかかって来た電話1本だけなら、有料で調べることができる。
NTTの「ナンバーお知らせ」というサービスで、136にかけて1を押すだけだ。
相手が非通知なら30円を損することになるが、今回は番号をゲットできた。
0166-76-1008
(普段なら番号の一部を×××にするところだが、今回はあえて公開する。)
ネットを開き、この番号で検索してみる...。
あった、あった...。
同じような電話を受けた人が大勢いるようだ。
勝手に自分の会社の名を語られ、迷惑している業者のブログもあった。
一方的にカニを送りつけて来るという荒技もあるらしい。
一回の電話で済めばいいが、今後どうなることか...。
嫌がらせの電話が来るかも知れない。
ドーンとカニが送られてくるやも知れない。
まあ、どんな展開になっても戦うのみだ。
皆さんも十分にご注意を!

「以前注文をもらった北海道の海産物業者」だと言う。
電話の向こうがやけに騒々しくて聞き取りにくい。
そんな注文したことあったっけ?
Yahooショッピングとかで利用したかな...?
...にしても、会社名も名乗らないなあ...。
などと考えて適当な返事をしていたら、
いらついたような大声で話してきた。
どうたら、ズワイガニを安く販売するという話らしい。
私「今、要らないなぁ...。」
男「今要らないなら、いつ要るの?!」
私「知らないよ。とにかく要らない!」
男「だから、今注文しなけりゃいつ注文するの?!」
私「しつこいなぁ。要らないって言ってるでしょ!」
男「暑いから食べたくないとか言うんでしょ?!」
私「いつ食べたくなろうが、こっちの勝手だろ!!」
まだ何か言っていたが、ラチが明かないので電話を切った。
折り返しかかって来るかと思ったが、そうでもない。
非常に不愉快な電話で腹が立ったので、相手の電話番号を調べた。
ご存知だろうか?
ナンバー・ディスプレイを契約していなくても、
直前にかかって来た電話1本だけなら、有料で調べることができる。
NTTの「ナンバーお知らせ」というサービスで、136にかけて1を押すだけだ。
相手が非通知なら30円を損することになるが、今回は番号をゲットできた。
0166-76-1008
(普段なら番号の一部を×××にするところだが、今回はあえて公開する。)
ネットを開き、この番号で検索してみる...。
あった、あった...。
同じような電話を受けた人が大勢いるようだ。
勝手に自分の会社の名を語られ、迷惑している業者のブログもあった。
一方的にカニを送りつけて来るという荒技もあるらしい。
一回の電話で済めばいいが、今後どうなることか...。
嫌がらせの電話が来るかも知れない。
ドーンとカニが送られてくるやも知れない。
まあ、どんな展開になっても戦うのみだ。
皆さんも十分にご注意を!

2010年09月06日
心配りが足りない!
小学生はもちろん、中学生でも分数やわり算の計算練習が十分にできていない子がいる。
そういう子には宿題としてドリル形式のプリントを渡すこともあるので、
そのための問題集も用意してある。
いつもは考えさせる問題が中心だったり、解説が丁寧だったりというテキストを使うのだが、
この場合にはできるだけシンプルなものがいい。
B5判1ページに16~20題くらいの計算問題が羅列されているだけのものだ。
ある教材会社のシリーズがけっこう重宝しているのだが、
採点しようとして解答書を開く度に腹が立つ。
これ、問題の作成と解答書の作成を別々の人間がやっているに違いない。
いや、違う人が解答を作っていたとしても、
普通はもう少し心配りをするものではないのか...。
とにかく採点しづらくて仕方ない。
問題の配列と解答のそれが一致していないのだ。
問題はこうなっているのに...
① ⑨
② ⑩
③ ⑪
・ ・
・ ・
・ ・
解答書はこうである。
① ②
③ ④
⑤ ⑥
・ ・
・ ・
・ ・
この煩わしさは、経験のない方には伝わりにくいかも知れない。
でも、生徒の答と正解を照らし合わせるときには、
一々問題番号などチェックしていないのだ。
図形的に位置関係で照合し、採点している。
初めはこの問題集でもそうやっていて、
あまりにも「誤答」が多いので「あれ?」と気づいた次第だ。
それ以来、仕方ないので一々問題番号をチェックしているが、
急いでいるときには本当にまどろっこしい...。
こういう些細なところで商品の完成度に差がつくのだ。
このシリーズはもう二度と購入しないと決めた。
仕事ができる・できないなんて、案外こういう小さなことの差なのかも知れないと思う。
使う人の立場に立った、ちょっとした思いやりや心配りができる人間になりたいものである。

そういう子には宿題としてドリル形式のプリントを渡すこともあるので、
そのための問題集も用意してある。
いつもは考えさせる問題が中心だったり、解説が丁寧だったりというテキストを使うのだが、
この場合にはできるだけシンプルなものがいい。
B5判1ページに16~20題くらいの計算問題が羅列されているだけのものだ。
ある教材会社のシリーズがけっこう重宝しているのだが、
採点しようとして解答書を開く度に腹が立つ。
これ、問題の作成と解答書の作成を別々の人間がやっているに違いない。
いや、違う人が解答を作っていたとしても、
普通はもう少し心配りをするものではないのか...。
とにかく採点しづらくて仕方ない。
問題の配列と解答のそれが一致していないのだ。
問題はこうなっているのに...
① ⑨
② ⑩
③ ⑪
・ ・
・ ・
・ ・
解答書はこうである。
① ②
③ ④
⑤ ⑥
・ ・
・ ・
・ ・
この煩わしさは、経験のない方には伝わりにくいかも知れない。
でも、生徒の答と正解を照らし合わせるときには、
一々問題番号などチェックしていないのだ。
図形的に位置関係で照合し、採点している。
初めはこの問題集でもそうやっていて、
あまりにも「誤答」が多いので「あれ?」と気づいた次第だ。
それ以来、仕方ないので一々問題番号をチェックしているが、
急いでいるときには本当にまどろっこしい...。
こういう些細なところで商品の完成度に差がつくのだ。
このシリーズはもう二度と購入しないと決めた。
仕事ができる・できないなんて、案外こういう小さなことの差なのかも知れないと思う。
使う人の立場に立った、ちょっとした思いやりや心配りができる人間になりたいものである。

2010年09月04日
英語ならかっこいいのか!?
今日も信濃毎日新聞の投稿欄「建設標」から...。
「意味分からない横文字はやめて」というタイトルである。
カタカナ語の氾濫は目に余るものがある。
特にお役所や医療関係のそれが多く、
わかりやすい日本語に直そうとする努力を怠っていると批判を浴びてきた。
最近は少しはましになったようにも感じるが、
お年寄りからのこういう投書は後を絶たない。
今回も、内心「またか...」という軽い気持ちで読んでみたのだが、
思わず膝を打ってしまった。
私もつい最近「なんだこりゃ?」と思った言葉だったからである。
「信州デスティネーションキャンペーン」
県の観光PRのキャッチフレーズだ。
初めて聞いたとき「ん?」と思った。
響きはいいのだが、意味がさっぱりわからない。
destiny=「運命」から連想してみたが、観光にふさわしい内容に結びつかない。
「信州再発見」とか「信州の魅力を根源から探ろう」くらいの意味だろうと、
きわめて感覚的に推測していた。
辞書を引いてみると、destinationは「目的地、行き先」だ。
すると「信州行き先キャンペーン」???
だったら素直に「信州へ行こう」の方がよほどわかりやすいだろうに...。
カタカナは外来語を表すのに便利だが、
個人的にはなんだか軽い感じがして好きになれない。
10年続けている塾は、引き継ぎだったのでカタカナ名のままだが、本当は漢字を使いたい。
昨年から始めた2教室目は、思いっきり漢字の塾名にして道場風の看板を掲げている。
英語を使えばおしゃれで洗練された感じがするという思惑があるのかも知れないが、
してみると、かなり年配の担当者の発想か...。
文明開化の時代や戦後の復興期ではあるまいし、
いまどきそんな浅知恵はかえってみっともないと思うのだが...。
庶民をばかにするのもいい加減にしてほしい。

「意味分からない横文字はやめて」というタイトルである。
カタカナ語の氾濫は目に余るものがある。
特にお役所や医療関係のそれが多く、
わかりやすい日本語に直そうとする努力を怠っていると批判を浴びてきた。
最近は少しはましになったようにも感じるが、
お年寄りからのこういう投書は後を絶たない。
今回も、内心「またか...」という軽い気持ちで読んでみたのだが、
思わず膝を打ってしまった。
私もつい最近「なんだこりゃ?」と思った言葉だったからである。
「信州デスティネーションキャンペーン」
県の観光PRのキャッチフレーズだ。
初めて聞いたとき「ん?」と思った。
響きはいいのだが、意味がさっぱりわからない。
destiny=「運命」から連想してみたが、観光にふさわしい内容に結びつかない。
「信州再発見」とか「信州の魅力を根源から探ろう」くらいの意味だろうと、
きわめて感覚的に推測していた。
辞書を引いてみると、destinationは「目的地、行き先」だ。
すると「信州行き先キャンペーン」???
だったら素直に「信州へ行こう」の方がよほどわかりやすいだろうに...。
カタカナは外来語を表すのに便利だが、
個人的にはなんだか軽い感じがして好きになれない。
10年続けている塾は、引き継ぎだったのでカタカナ名のままだが、本当は漢字を使いたい。
昨年から始めた2教室目は、思いっきり漢字の塾名にして道場風の看板を掲げている。
英語を使えばおしゃれで洗練された感じがするという思惑があるのかも知れないが、
してみると、かなり年配の担当者の発想か...。
文明開化の時代や戦後の復興期ではあるまいし、
いまどきそんな浅知恵はかえってみっともないと思うのだが...。
庶民をばかにするのもいい加減にしてほしい。

2010年09月02日
「個性」のはき違え
一昨日の信濃毎日新聞にこんな投書が載っていた。
「正しい日本語で書く力を鍛えて」と題する40代主婦の文章だ。
内容を要約する。
新聞の投稿を利用して国語力を高めようとする上諏訪中学の取り組みは素晴らしい。
私が小学生の頃は、作文におかしな点があれば先生が注意してくれたが、
最近は誤字、脱字、表現の誤用などが見過ごされたままのものが少なくない。
作文限らず「子供が表現したものを大人が修正すれば、その子の個性を否定してしまう」と
考える傾向があるようだ。
しかし、文章で個性を発揮するためには、正しい日本語の知識や正確に伝えるための
表現技法を学ぶことは必須である。
書く力を鍛錬する上諏訪中の取り組みが広がってほしい。
問題は中ほどにある「個性を否定してしまう」という考え方である。
投稿者も「傾向があるようだ」という表現に留めているように、
教師などから直接その言葉を聞いたわけではないのかも知れない。
忙しさで、一人一人の作文をじっくり添削している時間など取れないという実状もあるだろう。
しかし、火のない所に煙は立たない。
何でもかんでも個性、個性と、
その意味をはき違えているのでは?と思う例も少なからず見聞している。
ろくな挨拶もできなかったり、大人に対する言葉遣いが乱れたりしていても、
強制はよくない、個性を潰すと、毅然とした態度が取れない。
好きな科目を伸ばした方が個性が磨かれてよい、
嫌いな科目を無理にさせることはないと、早々に見切りをつけてしまう親もいる。
子どもの方もそんな大人の思いを感じて、
なにも無理する必要はない、これが自分の個性だと、努力することを放棄してしまう...。
だが、投稿者も指摘しているように、
個性というのは最低限の知識や技量を身につけた上に形成されるものではないのか。
各人の思想や文章の主旨まで踏み込むことは許されない。
大人受けするような、正論ばかりの作文に仕向けることも厳禁である。
しかし、日本語として間違っている字、言葉、文や、
論理が破綻したりわかりにくい文章については、的確なアドバイスを惜しんではならない。
前にも書いたが、学校の国語教育では作品の鑑賞にばかり重きが置かれ、「正しい感じ方」を強要される。
一方で「書く力」については個性を、というのでは話が全く逆である。
感じ方や主張は個性に任せ、「伝える日本語」を磨く練習こそ厳格に行うべきである。

「正しい日本語で書く力を鍛えて」と題する40代主婦の文章だ。
内容を要約する。
新聞の投稿を利用して国語力を高めようとする上諏訪中学の取り組みは素晴らしい。
私が小学生の頃は、作文におかしな点があれば先生が注意してくれたが、
最近は誤字、脱字、表現の誤用などが見過ごされたままのものが少なくない。
作文限らず「子供が表現したものを大人が修正すれば、その子の個性を否定してしまう」と
考える傾向があるようだ。
しかし、文章で個性を発揮するためには、正しい日本語の知識や正確に伝えるための
表現技法を学ぶことは必須である。
書く力を鍛錬する上諏訪中の取り組みが広がってほしい。
問題は中ほどにある「個性を否定してしまう」という考え方である。
投稿者も「傾向があるようだ」という表現に留めているように、
教師などから直接その言葉を聞いたわけではないのかも知れない。
忙しさで、一人一人の作文をじっくり添削している時間など取れないという実状もあるだろう。
しかし、火のない所に煙は立たない。
何でもかんでも個性、個性と、
その意味をはき違えているのでは?と思う例も少なからず見聞している。
ろくな挨拶もできなかったり、大人に対する言葉遣いが乱れたりしていても、
強制はよくない、個性を潰すと、毅然とした態度が取れない。
好きな科目を伸ばした方が個性が磨かれてよい、
嫌いな科目を無理にさせることはないと、早々に見切りをつけてしまう親もいる。
子どもの方もそんな大人の思いを感じて、
なにも無理する必要はない、これが自分の個性だと、努力することを放棄してしまう...。
だが、投稿者も指摘しているように、
個性というのは最低限の知識や技量を身につけた上に形成されるものではないのか。
各人の思想や文章の主旨まで踏み込むことは許されない。
大人受けするような、正論ばかりの作文に仕向けることも厳禁である。
しかし、日本語として間違っている字、言葉、文や、
論理が破綻したりわかりにくい文章については、的確なアドバイスを惜しんではならない。
前にも書いたが、学校の国語教育では作品の鑑賞にばかり重きが置かれ、「正しい感じ方」を強要される。
一方で「書く力」については個性を、というのでは話が全く逆である。
感じ方や主張は個性に任せ、「伝える日本語」を磨く練習こそ厳格に行うべきである。
