2010年06月08日
意味のない漢字練習は止めよ!
塾で中学生が、空いた時間に学校の宿題をしていることがある。
多いのは漢字の書き取り練習だ。
「白文帳」と呼ばれる縦書きのマス目入りノートに、ひたすら同じ漢字を書いている。
遠い昔、私も、一つの漢字だけを一行に繰り返し書かされた経験がある。
そのうち面倒になって、偏だけをまとめて先に書いたりしていた。
あれで力がついたとは到底思えない。
さすがにそういう例は少なくなったが、精々熟語レベルでの繰り返しが主流だ。
生徒に確認してみると、案の定、意味は全くわかっていない。
わかろうとも思っていない。
ただ指示された量をこなすだけ、ページを埋めるだけの作業に成り下がっている。
意味が推測できる固まりで書き写す課題にすべきではないか。
その分、一行での反復回数は減るだろうが、
「含蓄」を何度も書くより、「含蓄のある言葉」を2回書いた方がよほど身につくと思われる。
十年一日のごとき漢字練習の方法は、ぜひ見直してもらいたい。
余談だが、長野市の中学校で使われている漢字のテキスト、
ずっと前から気になっている間違いが未だに直っていない。
「狂」という字の用例にこんな文があるのだ。
「車は走る狂器だ」
「凶器」でしょう...。
間違って覚えてしまう子が少ないことを願う。
29年ぶりに常用漢字が増えるという。
パソコンや携帯電話の普及で難しい字も簡単に「打てる」ようになったことを踏まえ、
「鬱」「彙」「蓋」など画数の多い字も追加されることになった。
賛否両論あるようだ。
賛成派は思考力、表現力が豊かになると歓迎し、
反対派は子どもの負担(特に入試)が増えることを危惧している。
文化審議会答申の前文にはこうある。
「すべての漢字を手書きできる必要はなく、それを求めるものでもない」
ところが、どの漢字が「手書きできなくてもいい」のかは示されていない。
ということは、大学入試に向けてはすべての漢字を書けるようにしておかなければならない。
これは大変だ...。
常用漢字表を2つに分けて、「読めればいい」漢字を別に示すべきである。
いくら前文で謳っても、そこを明確にしなくては意味がない。
今回の改訂は、今まで新聞などでは平仮名にせざるを得なかった、
「憂うつ」や「ごう慢」などの不自然な表記が解消されるという点では評価したい。
ただ、常用漢字が増えたからと、必要以上に漢字を多用することは避けたいものである。
知っている漢字でもあえて仮名にする方が上品なときも多いのだ。
昔誰かが言っていた言葉を肝に銘じている。
「バカの文章は漢字が多い」

多いのは漢字の書き取り練習だ。
「白文帳」と呼ばれる縦書きのマス目入りノートに、ひたすら同じ漢字を書いている。
遠い昔、私も、一つの漢字だけを一行に繰り返し書かされた経験がある。
そのうち面倒になって、偏だけをまとめて先に書いたりしていた。
あれで力がついたとは到底思えない。
さすがにそういう例は少なくなったが、精々熟語レベルでの繰り返しが主流だ。
生徒に確認してみると、案の定、意味は全くわかっていない。
わかろうとも思っていない。
ただ指示された量をこなすだけ、ページを埋めるだけの作業に成り下がっている。
意味が推測できる固まりで書き写す課題にすべきではないか。
その分、一行での反復回数は減るだろうが、
「含蓄」を何度も書くより、「含蓄のある言葉」を2回書いた方がよほど身につくと思われる。
十年一日のごとき漢字練習の方法は、ぜひ見直してもらいたい。
余談だが、長野市の中学校で使われている漢字のテキスト、
ずっと前から気になっている間違いが未だに直っていない。
「狂」という字の用例にこんな文があるのだ。
「車は走る狂器だ」
「凶器」でしょう...。
間違って覚えてしまう子が少ないことを願う。
29年ぶりに常用漢字が増えるという。
パソコンや携帯電話の普及で難しい字も簡単に「打てる」ようになったことを踏まえ、
「鬱」「彙」「蓋」など画数の多い字も追加されることになった。
賛否両論あるようだ。
賛成派は思考力、表現力が豊かになると歓迎し、
反対派は子どもの負担(特に入試)が増えることを危惧している。
文化審議会答申の前文にはこうある。
「すべての漢字を手書きできる必要はなく、それを求めるものでもない」
ところが、どの漢字が「手書きできなくてもいい」のかは示されていない。
ということは、大学入試に向けてはすべての漢字を書けるようにしておかなければならない。
これは大変だ...。
常用漢字表を2つに分けて、「読めればいい」漢字を別に示すべきである。
いくら前文で謳っても、そこを明確にしなくては意味がない。
今回の改訂は、今まで新聞などでは平仮名にせざるを得なかった、
「憂うつ」や「ごう慢」などの不自然な表記が解消されるという点では評価したい。
ただ、常用漢字が増えたからと、必要以上に漢字を多用することは避けたいものである。
知っている漢字でもあえて仮名にする方が上品なときも多いのだ。
昔誰かが言っていた言葉を肝に銘じている。
「バカの文章は漢字が多い」

2010年06月07日
猫は嫌いだ!
休日の午後、ビールを飲みながら阪神戦を観ていたら、
隣の部屋にまた現れた。
...野良猫だ!
元の住人が飼っていたのだろう。
数年間空き家だったにもかかわらず、
引っ越してきた当初から周囲には猫がたくさんいる。
無視していれば、そのうちいなくなるだろうと思っていたが一向に減らない。
人間がいない間に彼らの城になってしまったか...。
よせばいいのに、妻が残飯を与えるものだからますます寄りつく。
彼女も積極的に飼おうという意志はないのだ。
初めは仔猫が可愛いからやっていたのが習慣になってしまったようだ。
やがて野良猫が図に乗ってきた。
隙を見せると、屋内に入り込んで餌を物色するようになったのだ。
私は犬も猫も好きではない。
まして家の中で飼うなど考えられない。
妻も、家への侵入だけは許し難いようだ。
初めは、たまたま開いていた玄関や窓から入って来たのだろう。
こちらも、ちょっとの間でも開けっ放しにしないよう心がける。
しかし、一度味を占めた奴らは、あらゆる手段を講じて突破を図る。
外から戻って、室内に奴らを見つけたときのショックは大きい。
歩き回った跡は荒らされ、キッチンには食べ物が散乱している。
いったいどこから入ったのか...?
玄関の引き戸はかなり重いのだが、
体重を前足に預けてそろそろと開ける姿を目撃した。
その後も度々開けようとする音がする。
一々鍵を掛けるのは面倒なので、竹でつっかえ棒をした。
内と外と一つずつ。
外に出るときには内側の棒を外して、
一枚開けてから外のを外す。
誰か尋ねてきたら、外の棒を外して開けてもらう。
出入りに手間がかかるが、これで玄関からの侵入は諦めたようだ。
しばらく平穏な状態が続いた。
つっかえ棒をなくしても、もう突破を試みる奴は現れない。
ところがここ数日、また破られたのだ。
どうも玄関ではないようだ。
窓は閉まっているはずだが...と確認していたら見つけた!
廊下のサッシの網戸、下の部分が大きく開いている。
元から少し破れていた所を大きくしたのか、ゼロから穴を作ったのか...?
全く、油断も隙もない。
夜になって涼しくなったので、網戸の破れた箇所もガラス戸を閉めた。
しかしまた発見!
鍵が掛かっていなかったので、破れ目から戸を開けたようだ。
追い立てたら平然とそこから出て行った。
恐るべき知恵と力!
果てしなき戦いは続く...。

隣の部屋にまた現れた。
...野良猫だ!
元の住人が飼っていたのだろう。
数年間空き家だったにもかかわらず、
引っ越してきた当初から周囲には猫がたくさんいる。
無視していれば、そのうちいなくなるだろうと思っていたが一向に減らない。
人間がいない間に彼らの城になってしまったか...。
よせばいいのに、妻が残飯を与えるものだからますます寄りつく。
彼女も積極的に飼おうという意志はないのだ。
初めは仔猫が可愛いからやっていたのが習慣になってしまったようだ。
やがて野良猫が図に乗ってきた。
隙を見せると、屋内に入り込んで餌を物色するようになったのだ。
私は犬も猫も好きではない。
まして家の中で飼うなど考えられない。
妻も、家への侵入だけは許し難いようだ。
初めは、たまたま開いていた玄関や窓から入って来たのだろう。
こちらも、ちょっとの間でも開けっ放しにしないよう心がける。
しかし、一度味を占めた奴らは、あらゆる手段を講じて突破を図る。
外から戻って、室内に奴らを見つけたときのショックは大きい。
歩き回った跡は荒らされ、キッチンには食べ物が散乱している。
いったいどこから入ったのか...?
玄関の引き戸はかなり重いのだが、
体重を前足に預けてそろそろと開ける姿を目撃した。
その後も度々開けようとする音がする。
一々鍵を掛けるのは面倒なので、竹でつっかえ棒をした。
内と外と一つずつ。
外に出るときには内側の棒を外して、
一枚開けてから外のを外す。
誰か尋ねてきたら、外の棒を外して開けてもらう。
出入りに手間がかかるが、これで玄関からの侵入は諦めたようだ。
しばらく平穏な状態が続いた。
つっかえ棒をなくしても、もう突破を試みる奴は現れない。
ところがここ数日、また破られたのだ。
どうも玄関ではないようだ。
窓は閉まっているはずだが...と確認していたら見つけた!
廊下のサッシの網戸、下の部分が大きく開いている。
元から少し破れていた所を大きくしたのか、ゼロから穴を作ったのか...?
全く、油断も隙もない。
夜になって涼しくなったので、網戸の破れた箇所もガラス戸を閉めた。
しかしまた発見!
鍵が掛かっていなかったので、破れ目から戸を開けたようだ。
追い立てたら平然とそこから出て行った。
恐るべき知恵と力!
果てしなき戦いは続く...。

2010年06月06日
「右」ってどっち?
「右」とは何か説明してください、と言われたらどうしますか?
「箸を持つ方が右」では、左利きの人に対して失礼です。
では、言葉の権威である辞書では、いったいどのように「右」を定義しているのでしょう?
一番メジャーだと思われるのが、「広辞苑」や「大辞林」でも採用しているこんな説明。
「北を向いたとき、東にある側」
なるほど、方角を使うわけですね。
英英辞典もいくつか調べましたが、すべてこれと同じでした。
一方、方角を使っていながら微妙に異なる定義の辞書も...。
「東を向いたとき、南にある側」
「大辞泉」や「新選国語辞典」(小学館)ではこれです。
多少なりとも個性を出そうとしたのでしょうか?
あるいは、日の出の方角である東が北よりもわかりやすいと判断したのか...。
ただ、いずれにしても、これらの説明は北極点や南極点では役に立ちません。
まあ、そんな特殊な状況で「右」にこだわる人もいないでしょうが...。
なお「大辞泉」には、上記の説明の後にこんな記述もあります。
「大部分の人が、食事のとき箸を持つ側」
「大部分」で濁しましたね...。
さて、わが愛しの「新明解」ではどうなっているか?
...期待通りに、他とは全く違う定義でした。
「アナログ式時計の文字盤に向かった時に、一時から五時までの表示の有る側。
〔「明」という漢字の「月」が書かれている側と一致〕」
新解さん、面白いばかりでなく、やるときゃやりますねえ。
これが一番、文句の付けようがないように思います。
やればできる子なんですよね...。
他にもっといい定義をご存知の方、あるいは見つけた方は教えてください。
もちろん、オリジナルも大歓迎です!

「箸を持つ方が右」では、左利きの人に対して失礼です。
では、言葉の権威である辞書では、いったいどのように「右」を定義しているのでしょう?
一番メジャーだと思われるのが、「広辞苑」や「大辞林」でも採用しているこんな説明。
「北を向いたとき、東にある側」
なるほど、方角を使うわけですね。
英英辞典もいくつか調べましたが、すべてこれと同じでした。
一方、方角を使っていながら微妙に異なる定義の辞書も...。
「東を向いたとき、南にある側」
「大辞泉」や「新選国語辞典」(小学館)ではこれです。
多少なりとも個性を出そうとしたのでしょうか?
あるいは、日の出の方角である東が北よりもわかりやすいと判断したのか...。
ただ、いずれにしても、これらの説明は北極点や南極点では役に立ちません。
まあ、そんな特殊な状況で「右」にこだわる人もいないでしょうが...。
なお「大辞泉」には、上記の説明の後にこんな記述もあります。
「大部分の人が、食事のとき箸を持つ側」
「大部分」で濁しましたね...。
さて、わが愛しの「新明解」ではどうなっているか?
...期待通りに、他とは全く違う定義でした。
「アナログ式時計の文字盤に向かった時に、一時から五時までの表示の有る側。
〔「明」という漢字の「月」が書かれている側と一致〕」
新解さん、面白いばかりでなく、やるときゃやりますねえ。
これが一番、文句の付けようがないように思います。
やればできる子なんですよね...。
他にもっといい定義をご存知の方、あるいは見つけた方は教えてください。
もちろん、オリジナルも大歓迎です!

2010年06月05日
「新解さん」は妥協しない!
昨日の続き。
私が見つけた「新解さん」です。
今回は「広辞苑」(第四版)の解釈も載せてみました。
常識的、一般的、無難な「広辞苑」との違いを比べることで、
新解さんの冒険性を実感していただきたいと思います。
【にくい】<広辞苑>①にくらしい。気に入らない。
②腹立たしい。癪にさわる。けしからぬ。
(以下略)
<新明解>①相手(の存在)がたまらなくいやで、出来るなら抹殺したいくらいだ。
(以下略)
気持ちはわかりますが、かなり物騒です。
警察沙汰にならなければいいですが...。
ついでに新解さんの【にくい】の項目の中に、こんなのも見つけました。
「憎からず思う」 出来るならかわいがってやりたいとさえ思う。
相手に対する好感が、好感以上に発展しそうな状態にあることを指す。
「恋の予感」でしょうか...?
広辞苑では【憎からず】が独立していますが、
「愛情がなくはない」「かわいい」程度の説明で、何の予感もしません。
【人情】<広辞苑>①自然に備わる人間の愛情。いつくしみ。なさけ。
②人心の自然の動き
<新明解>①人ならば、だれでの持っているはずの、心の動き。
同情・感謝・報恩・献身の気持のほかに、
同じことなら少しでも楽をしたい、
よい方を選びたい、よい物を見聞したい、十分に報いられたいという欲望など。
新解さんの1行目はほぞ広辞苑と同じですが、2行目以降が秀逸!
欲望の奥深くまで踏み込んだ解釈...さすがです。
因みに、新明解の【人情】の②はこうなっています。
②男女間の愛情。「まだ--を解しない」
こんなのは広辞苑には出てきません。
このこだわりが新解さんの真骨頂ですね。
【人生経験】<広辞苑>記載なし
<新明解>表街道を順調に歩んできた人にはとうていわからない、
実人生での波瀾に富み、辛酸をなめ尽くした経験。
〔言外に、真贋の見極めのつく確かさとか、修羅場をくぐり抜けて来た人たちの
一大事に対する覚悟の不動とかを含ませて言うことが多い〕
何があったのでしょう?
ずいぶんと逞しい人生を送って来られたようです。
やはり人が育つ上で苦労は欠かせないということですね。
「とうていわからない」が効いています。
またちょこちょこご紹介しますね。

私が見つけた「新解さん」です。
今回は「広辞苑」(第四版)の解釈も載せてみました。
常識的、一般的、無難な「広辞苑」との違いを比べることで、
新解さんの冒険性を実感していただきたいと思います。
【にくい】<広辞苑>①にくらしい。気に入らない。
②腹立たしい。癪にさわる。けしからぬ。
(以下略)
<新明解>①相手(の存在)がたまらなくいやで、出来るなら抹殺したいくらいだ。
(以下略)
気持ちはわかりますが、かなり物騒です。
警察沙汰にならなければいいですが...。
ついでに新解さんの【にくい】の項目の中に、こんなのも見つけました。
「憎からず思う」 出来るならかわいがってやりたいとさえ思う。
相手に対する好感が、好感以上に発展しそうな状態にあることを指す。
「恋の予感」でしょうか...?
広辞苑では【憎からず】が独立していますが、
「愛情がなくはない」「かわいい」程度の説明で、何の予感もしません。
【人情】<広辞苑>①自然に備わる人間の愛情。いつくしみ。なさけ。
②人心の自然の動き
<新明解>①人ならば、だれでの持っているはずの、心の動き。
同情・感謝・報恩・献身の気持のほかに、
同じことなら少しでも楽をしたい、
よい方を選びたい、よい物を見聞したい、十分に報いられたいという欲望など。
新解さんの1行目はほぞ広辞苑と同じですが、2行目以降が秀逸!
欲望の奥深くまで踏み込んだ解釈...さすがです。
因みに、新明解の【人情】の②はこうなっています。
②男女間の愛情。「まだ--を解しない」
こんなのは広辞苑には出てきません。
このこだわりが新解さんの真骨頂ですね。
【人生経験】<広辞苑>記載なし
<新明解>表街道を順調に歩んできた人にはとうていわからない、
実人生での波瀾に富み、辛酸をなめ尽くした経験。
〔言外に、真贋の見極めのつく確かさとか、修羅場をくぐり抜けて来た人たちの
一大事に対する覚悟の不動とかを含ませて言うことが多い〕
何があったのでしょう?
ずいぶんと逞しい人生を送って来られたようです。
やはり人が育つ上で苦労は欠かせないということですね。
「とうていわからない」が効いています。
またちょこちょこご紹介しますね。

2010年06月04日
「新解さん」を知っていますか?
一時期結構ブームになったそうで、関連のサイトもいくつかあります。
ご存知の方も多いでしょうが、ナガブロの検索で引っかかって来なかったので、
若い人にもお勧めすべくご紹介することにしました。
それは三省堂の「新明解国語辞典」!
知る人ぞ知る異色の存在です。
普通、辞書というものは正確さを第一に、
徹底的に感情を廃した客観的な記述を心がけるものでしょう。
その分、当たり障りのない無味乾燥な表現になるのもやむを得ません。
この辞書は全く違います。
もっとわかりやすく、生活に即した説明にしようとした意気込みはわかります。
きわめて冒険的な辞書なのです。
その結果、「主幹」の山田忠雄氏の独断・偏見・好き嫌い等が盛りだくさんの、
実に「読んで楽しい」辞書に仕上がったというわけです。
赤瀬川源平著「新解さんの謎」で、そのユニークさが広く知れ渡りました。
今日は、その本にも代表例として挙げられている、
新明解ならではの定義、解釈をご紹介します。
いわば入門編なので、すでによく知っているという方はパスしてください。
なお、新明解の中でも一番面白いという噂の「第四版」がたまたま家にあったので、
以下の記述はその版によります。
「動物園」・生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえて来た多くの鳥獣・魚虫
などに対し、狭い空間での生活を余儀無くし、飼い殺しにする、人間中心の施設。
さすがにクレームが多かったのか、第五版以降はここまでの表現にはなっていません。
「恋愛」・特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒にいたい、出来るなら合体したい
という気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・
(まれにかなえられて歓喜する)状態。
「合体」って...ガンダムか...。
「釣りバカ日誌」での用法は、この辞書が元に違いありません。
「常にはかなえられないで」や「まれにかなえられて」に、山田氏の半生が感じ取れます。
実に読み応えがありますね。
さて、では「合体」はどう書いてあるか...。
「合体」・②「性交」の、この辞書でのえんきょく表現。
そんなのあり...?!
こうなれば次は「性交」です。
「性交」・成熟した男女が時を置いて合体する本能的行為。
ここで「合体」を使っては、説明になっていないのでは...?
それよりも注目は赤字の部分です。
未成熟の男女によるものや、時を置かない行為は「性交」ではないのです!
皆さん、気をつけましょう...(何に?)。
今日は有名なものばかりでしたが、
次回は、私が見つけた味のある語義をご紹介する予定です。
お楽しみに...。

ご存知の方も多いでしょうが、ナガブロの検索で引っかかって来なかったので、
若い人にもお勧めすべくご紹介することにしました。
それは三省堂の「新明解国語辞典」!
知る人ぞ知る異色の存在です。
普通、辞書というものは正確さを第一に、
徹底的に感情を廃した客観的な記述を心がけるものでしょう。
その分、当たり障りのない無味乾燥な表現になるのもやむを得ません。
この辞書は全く違います。
もっとわかりやすく、生活に即した説明にしようとした意気込みはわかります。
きわめて冒険的な辞書なのです。
その結果、「主幹」の山田忠雄氏の独断・偏見・好き嫌い等が盛りだくさんの、
実に「読んで楽しい」辞書に仕上がったというわけです。
赤瀬川源平著「新解さんの謎」で、そのユニークさが広く知れ渡りました。
今日は、その本にも代表例として挙げられている、
新明解ならではの定義、解釈をご紹介します。
いわば入門編なので、すでによく知っているという方はパスしてください。
なお、新明解の中でも一番面白いという噂の「第四版」がたまたま家にあったので、
以下の記述はその版によります。
「動物園」・生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえて来た多くの鳥獣・魚虫
などに対し、狭い空間での生活を余儀無くし、飼い殺しにする、人間中心の施設。
さすがにクレームが多かったのか、第五版以降はここまでの表現にはなっていません。
「恋愛」・特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒にいたい、出来るなら合体したい
という気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・
(まれにかなえられて歓喜する)状態。
「合体」って...ガンダムか...。
「釣りバカ日誌」での用法は、この辞書が元に違いありません。
「常にはかなえられないで」や「まれにかなえられて」に、山田氏の半生が感じ取れます。
実に読み応えがありますね。
さて、では「合体」はどう書いてあるか...。
「合体」・②「性交」の、この辞書でのえんきょく表現。
そんなのあり...?!
こうなれば次は「性交」です。
「性交」・成熟した男女が時を置いて合体する本能的行為。
ここで「合体」を使っては、説明になっていないのでは...?
それよりも注目は赤字の部分です。
未成熟の男女によるものや、時を置かない行為は「性交」ではないのです!
皆さん、気をつけましょう...(何に?)。
今日は有名なものばかりでしたが、
次回は、私が見つけた味のある語義をご紹介する予定です。
お楽しみに...。

2010年06月03日
非常識な電話
塾の電話には「フリーコール」の番号もある。
ソフトバンクなのでこの呼び方だが、NTTの「フリーダイアル」と同じだ。
もちろん問い合わせ用で、「こちらで料金を負担するのでお気軽に電話を」という趣旨で設けている。
市外から問い合わせが来ることはまずないので、負担といっても大した金額ではない。
まあ、気持ちの問題だ。
フリーコールが掛かってくると、
「○○からフリーコール」というアナウンスが入ってから相手とつながる。
従ってこのアナウンスがあると、少なからぬ期待を持って電話に出ることになる。
ところが「何それ?」とぼやきたくなる電話も多いのだ。
生徒が「今日は休みます」という連絡にフリーコールを使ってくる。
いつも決まった生徒だ。
これもどうかな?と思うが、まあ許容範囲としよう。
ウチは小さな個人塾だから私一人で運営している。
それでもときどき、「講師の募集はしていますか?」という問い合わせが来る。
タウンページか何かを見て片っ端から電話しているのだろうが、
これをフリーコールで掛けてくるバカがいるのだ!
職を求めている立場で、その相手負担の電話を平気で掛けてくる神経を疑う。
仮に喉から手が出るほど講師がほしい状態でも、こいつらは絶対雇わない!
先日掛かってきたフリーコールは、なんと大阪からだった。
出てみると「泉州銀行さん?...今日はやってる?」 。
...このオヤジ、前にも同じ間違い電話を掛けてきた。
ムッとして、「こちらは長野県ですが!」と言うと、
「ああ、そう」と切ってしまった。
「ごめん」の一言もない。
大阪から、しかも携帯からのフリーコールだ。
なんでこんな料金まで負担しなきゃならんのだ!
今度掛かってきたら、折り返し掛け直してでも文句を言ってやろうと待ち構えている..。

ソフトバンクなのでこの呼び方だが、NTTの「フリーダイアル」と同じだ。
もちろん問い合わせ用で、「こちらで料金を負担するのでお気軽に電話を」という趣旨で設けている。
市外から問い合わせが来ることはまずないので、負担といっても大した金額ではない。
まあ、気持ちの問題だ。
フリーコールが掛かってくると、
「○○からフリーコール」というアナウンスが入ってから相手とつながる。
従ってこのアナウンスがあると、少なからぬ期待を持って電話に出ることになる。
ところが「何それ?」とぼやきたくなる電話も多いのだ。
生徒が「今日は休みます」という連絡にフリーコールを使ってくる。
いつも決まった生徒だ。
これもどうかな?と思うが、まあ許容範囲としよう。
ウチは小さな個人塾だから私一人で運営している。
それでもときどき、「講師の募集はしていますか?」という問い合わせが来る。
タウンページか何かを見て片っ端から電話しているのだろうが、
これをフリーコールで掛けてくるバカがいるのだ!
職を求めている立場で、その相手負担の電話を平気で掛けてくる神経を疑う。
仮に喉から手が出るほど講師がほしい状態でも、こいつらは絶対雇わない!
先日掛かってきたフリーコールは、なんと大阪からだった。
出てみると「泉州銀行さん?...今日はやってる?」 。
...このオヤジ、前にも同じ間違い電話を掛けてきた。
ムッとして、「こちらは長野県ですが!」と言うと、
「ああ、そう」と切ってしまった。
「ごめん」の一言もない。
大阪から、しかも携帯からのフリーコールだ。
なんでこんな料金まで負担しなきゃならんのだ!
今度掛かってきたら、折り返し掛け直してでも文句を言ってやろうと待ち構えている..。

2010年06月02日
遠くで汽笛を聞きながら/この言い方は正しいのか~その7~
今回は、以前書いていたブログでも話題にした表現です。
「遠くで汽笛を聞きながら」という曲があります。
かつてのアリスの名曲ですね。
私も大好きで、学生時代よく口ずさみました。
で、曲はいいのですが、このタイトルが気になるんです。
「遠くで」はおかしくないでしょうか...。
他に「遠くで」を使った例を見てみましょう。
1.遠くで見守る、遠くで無事を祈る
2.遠くで稲妻が光る、遠くで犬が吠える
1の例では、対象となる誰かのことを、その人から遠い所で見守ったり祈ったりしています。
「遠く」の起点は「誰か」で、終点が話者のいる所ですね。
この「遠くで」は「遠くから」に言い換えることができます。
一方2では、話者から遠く離れた所で光ったり吠えたりしていて、
「遠く」の起点が話者と考えられます。
この場合、「遠くから」にするとおかしいですね。
「犬が吠える」方は「遠くから」でもありですが、
そうなると意味が変わってきます。
さて、「遠くで汽笛を聞きながら」はどちらでしょう?
1の意味ならいいんです。
汽笛が鳴っていて、それをそこから離れた所で聞いている。
「遠くから聞きながら」という状況です。
でも、歌詞の内容から考えても、この解釈には無理があるような気がします。
やはり、話者のいる所を起点としていると考えるべきでしょう。
毎日の生活の場から遙か彼方に汽笛を聞き、
ノスタルジックな思いに駆られながら、それでも前向きに「生きていきたい」と歌っているのです。
そうすると、2で挙げた例のように、
遠く離れた場所で「○○が××している」という形にならないと成り立たないと思うのです。
この状況で言えば「遠くで汽笛が鳴っている」ですね。
つまり、「遠くで」と「汽笛を聞きながら」は共存できない!ということになります。
どちらかを生かすなら「汽笛を聞きながら」の方でしょう。
すると「遠くに汽笛を聞きながら」が最も自然な表現ということになります。
「遠くに北アルプスを望む」「遠くにノロシを確認する」などと同じ使い方です。
以前のブログには、「遠くに汽笛を聞きながら」だとなんだか軽い感じがする、
というコメントを頂きました。
私も肯くところがありますが、「遠くで~」にはどうしても抵抗があるのです。
皆さん、どう思われますか?

「遠くで汽笛を聞きながら」という曲があります。
かつてのアリスの名曲ですね。
私も大好きで、学生時代よく口ずさみました。
で、曲はいいのですが、このタイトルが気になるんです。
「遠くで」はおかしくないでしょうか...。
他に「遠くで」を使った例を見てみましょう。
1.遠くで見守る、遠くで無事を祈る
2.遠くで稲妻が光る、遠くで犬が吠える
1の例では、対象となる誰かのことを、その人から遠い所で見守ったり祈ったりしています。
「遠く」の起点は「誰か」で、終点が話者のいる所ですね。
この「遠くで」は「遠くから」に言い換えることができます。
一方2では、話者から遠く離れた所で光ったり吠えたりしていて、
「遠く」の起点が話者と考えられます。
この場合、「遠くから」にするとおかしいですね。
「犬が吠える」方は「遠くから」でもありですが、
そうなると意味が変わってきます。
さて、「遠くで汽笛を聞きながら」はどちらでしょう?
1の意味ならいいんです。
汽笛が鳴っていて、それをそこから離れた所で聞いている。
「遠くから聞きながら」という状況です。
でも、歌詞の内容から考えても、この解釈には無理があるような気がします。
やはり、話者のいる所を起点としていると考えるべきでしょう。
毎日の生活の場から遙か彼方に汽笛を聞き、
ノスタルジックな思いに駆られながら、それでも前向きに「生きていきたい」と歌っているのです。
そうすると、2で挙げた例のように、
遠く離れた場所で「○○が××している」という形にならないと成り立たないと思うのです。
この状況で言えば「遠くで汽笛が鳴っている」ですね。
つまり、「遠くで」と「汽笛を聞きながら」は共存できない!ということになります。
どちらかを生かすなら「汽笛を聞きながら」の方でしょう。
すると「遠くに汽笛を聞きながら」が最も自然な表現ということになります。
「遠くに北アルプスを望む」「遠くにノロシを確認する」などと同じ使い方です。
以前のブログには、「遠くに汽笛を聞きながら」だとなんだか軽い感じがする、
というコメントを頂きました。
私も肯くところがありますが、「遠くで~」にはどうしても抵抗があるのです。
皆さん、どう思われますか?

2010年06月01日
勝手にランク付けするな!
Yahoo Japanはオークションやショッピングで利用するので、複数のIDを持っている。
このIDでログインすると、いつ頃からかこんな表示が出るようになった。
「あなたは、スタークラブの★レギュラーランクです。」
何だ、これは...!?
たまにたくさん買い物をしたときには「ブロンズランク」に上がっているので、
利用ポイントに応じた格付けなのだろう。
しかし、私はこんなランク付けを頼んだ覚えはない。
勝手に人様にランクを付けるとは何事か!
ポイントを貯めるのが好きな人も多いので、サービスのつもりなのだろうが、
私はポイントには興味がない。
自動的に貯めてくれるなら断る理由はないが、
それならポイント数の表示だけで十分ではないか。
どうも「ランク」によって、ポイントが最大何倍とアップするらしい。
ますます興味がない...。
せめて「レギュラーメンバー」くらいの呼び方なら許せる。
表現ももう少しどうにかならないものか。
「あなたはこのランクです」と決めつけられるような言い方は、極めて不愉快である。
Yahooに問い合わせをしたら、早速メールが届いた。
ひたすら丁重な言葉遣いだが、要は「自動的にそうなるシステムなのでご理解を」という趣旨である。
一応、担当部署にも伝えて検討課題とするとのことだったので、静観することにした。
今日も相変わらず「レギュラーランクです」がうるさいので、
用が済んだらさっさとログアウトすることにしている。

このIDでログインすると、いつ頃からかこんな表示が出るようになった。
「あなたは、スタークラブの★レギュラーランクです。」
何だ、これは...!?
たまにたくさん買い物をしたときには「ブロンズランク」に上がっているので、
利用ポイントに応じた格付けなのだろう。
しかし、私はこんなランク付けを頼んだ覚えはない。
勝手に人様にランクを付けるとは何事か!
ポイントを貯めるのが好きな人も多いので、サービスのつもりなのだろうが、
私はポイントには興味がない。
自動的に貯めてくれるなら断る理由はないが、
それならポイント数の表示だけで十分ではないか。
どうも「ランク」によって、ポイントが最大何倍とアップするらしい。
ますます興味がない...。
せめて「レギュラーメンバー」くらいの呼び方なら許せる。
表現ももう少しどうにかならないものか。
「あなたはこのランクです」と決めつけられるような言い方は、極めて不愉快である。
Yahooに問い合わせをしたら、早速メールが届いた。
ひたすら丁重な言葉遣いだが、要は「自動的にそうなるシステムなのでご理解を」という趣旨である。
一応、担当部署にも伝えて検討課題とするとのことだったので、静観することにした。
今日も相変わらず「レギュラーランクです」がうるさいので、
用が済んだらさっさとログアウトすることにしている。
