2010年12月28日
CMにつっこむ(1)
最近、CMを見て引っかかったことあれこれ...。
今回は言葉の使い方の巻。
(その1)ダイキンのエアコン。
「空気中の水分を集めて加湿する無給水加湿」
テレビで見たとき「???」と思った。
空気中の水分を集めて、またそれを元にもどすだけ...?
意味ないじゃん!
ネットで調べてやっとわかった。
外の空気の水分を集めて室内を加湿するってことね。
だったら「外気の水分を...」とか言わないと、正確に伝わらないと思うんだけど...。
(その2)ダイハツの軽自動車「ムーヴ」。
「ガソリン車最低燃費」
「TNP」で注目を集めている車だ。
これはテレビではなく、Yahoo BB のトップページにあった広告。
言いたいことはもちろんわかる。
リッター27kmは素晴らしい。
だが、一瞬「え?」と考えてしまう。
「低燃費」なら抵抗ないのだが、「最低」になると違和感がないだろうか?
「あの車、燃費どう?」
「最低...」
やたらガソリンを喰う車と思われかねない。
かと言って、「最高燃費」も「高燃費」を連想してよくない。
「最良燃費」とすべきか...。
「その3」は言葉の問題とは違うので、また明日...。

今回は言葉の使い方の巻。
(その1)ダイキンのエアコン。
「空気中の水分を集めて加湿する無給水加湿」
テレビで見たとき「???」と思った。
空気中の水分を集めて、またそれを元にもどすだけ...?
意味ないじゃん!
ネットで調べてやっとわかった。
外の空気の水分を集めて室内を加湿するってことね。
だったら「外気の水分を...」とか言わないと、正確に伝わらないと思うんだけど...。
(その2)ダイハツの軽自動車「ムーヴ」。
「ガソリン車最低燃費」
「TNP」で注目を集めている車だ。
これはテレビではなく、Yahoo BB のトップページにあった広告。
言いたいことはもちろんわかる。
リッター27kmは素晴らしい。
だが、一瞬「え?」と考えてしまう。
「低燃費」なら抵抗ないのだが、「最低」になると違和感がないだろうか?
「あの車、燃費どう?」
「最低...」
やたらガソリンを喰う車と思われかねない。
かと言って、「最高燃費」も「高燃費」を連想してよくない。
「最良燃費」とすべきか...。
「その3」は言葉の問題とは違うので、また明日...。

2010年12月24日
電話のかけ方も知らんのか!
塾をやっている最中に電話が鳴る。
欠席の連絡かな?
でも今日はもうみんな来てるし...。
もしかしたら新規の問い合わせかと、若干の期待を持ちつつ受話器を取ると、
NTTうんぬん、Yahoo Japan の代理店うんぬん...。
一方的にまくし立てる雰囲気なので、「今、授業中です」と機先を制する。
「では、また別の時間に...」と言うので、
「結構です。要りません!」と断った。
電話というのは相手の都合に振り回される通信手段だ。
どんなに忙しくても、電話が鳴ったら出なければならない。
メールやFAX のように、忙しいときには放っておくというわけには行かないのだ。
(もっとも、若者のケータイメールのやり取りは、即レスでないとまずいらしいが...。)
その分、電話をかける側には、相手の時間を奪っているという自覚が必要となる。
相手が出たら、初めに「今、お時間よろしいですか?」と確認する気配りを持ちたい。
その一言もなしに、いきなり本題に入ろうとするから、
生徒の指導を中断して応対しているこちらは、無性に腹が立つのだ。
そんな礼儀も知らんのか!?
下手に「今、大丈夫ですか?」と尋ねて、「忙しい」と断られることを警戒しているのか?
断られても、少なくとも相手に与える不快感は、その方が軽減されると思うのだが...。
そもそも、電話をかけてくる時間が間違っている。
何を見てかけてくるのか知らないが、業種別の名簿ならもちろん、
そうでなくても名前から、学習塾であることはすぐわかるはずだ。
夕方から夜にかけては忙しい時間であることは、容易に想像がつくだろう。
逆にその時間なら確実につながると思ってかけてくるのかも知れないが、
ちょっと時間をずらすなどの配慮がほしい。
(因みに、塾の電話は不在でもケータイに転送されるようセットしてある。)
せめて「お忙しいところ申し訳ありませんが...」という気持ちがあれば、
先に書いたような一言が自然に出てくるのではなかろうか。
中には、何度も同じ時間帯(授業中)にかけて来るバカもいる。
相手に合わせようという気持ちなど微塵もないのか...。
自分の都合しか考えていない奴の話など、絶対に聞きたくないのだ。
電話セールスも結構だが、まずマナーや気配りの教育を徹底してもらいたい。

欠席の連絡かな?
でも今日はもうみんな来てるし...。
もしかしたら新規の問い合わせかと、若干の期待を持ちつつ受話器を取ると、
NTTうんぬん、Yahoo Japan の代理店うんぬん...。
一方的にまくし立てる雰囲気なので、「今、授業中です」と機先を制する。
「では、また別の時間に...」と言うので、
「結構です。要りません!」と断った。
電話というのは相手の都合に振り回される通信手段だ。
どんなに忙しくても、電話が鳴ったら出なければならない。
メールやFAX のように、忙しいときには放っておくというわけには行かないのだ。
(もっとも、若者のケータイメールのやり取りは、即レスでないとまずいらしいが...。)
その分、電話をかける側には、相手の時間を奪っているという自覚が必要となる。
相手が出たら、初めに「今、お時間よろしいですか?」と確認する気配りを持ちたい。
その一言もなしに、いきなり本題に入ろうとするから、
生徒の指導を中断して応対しているこちらは、無性に腹が立つのだ。
そんな礼儀も知らんのか!?
下手に「今、大丈夫ですか?」と尋ねて、「忙しい」と断られることを警戒しているのか?
断られても、少なくとも相手に与える不快感は、その方が軽減されると思うのだが...。
そもそも、電話をかけてくる時間が間違っている。
何を見てかけてくるのか知らないが、業種別の名簿ならもちろん、
そうでなくても名前から、学習塾であることはすぐわかるはずだ。
夕方から夜にかけては忙しい時間であることは、容易に想像がつくだろう。
逆にその時間なら確実につながると思ってかけてくるのかも知れないが、
ちょっと時間をずらすなどの配慮がほしい。
(因みに、塾の電話は不在でもケータイに転送されるようセットしてある。)
せめて「お忙しいところ申し訳ありませんが...」という気持ちがあれば、
先に書いたような一言が自然に出てくるのではなかろうか。
中には、何度も同じ時間帯(授業中)にかけて来るバカもいる。
相手に合わせようという気持ちなど微塵もないのか...。
自分の都合しか考えていない奴の話など、絶対に聞きたくないのだ。
電話セールスも結構だが、まずマナーや気配りの教育を徹底してもらいたい。

2010年12月20日
セキュリティ対策が煩わしい!
パソコンに入れてあるセキュリティソフト。
危険を知らせる×マークが表示されている。
×が出たままだと何となく不安だし、
せっかくその料金払っているのだからと対応するが、「安全」になるには時間がかかる。
「フィッシング対策」だけならすぐに対処できるが、
「クイックスキャン」とかいうのが始まると、長時間パソコンの内部をチェックしている。
その間、他のソフトを使っていても、なんだか動きが遅い感じだ。
どこが「クイック」やねん!
なんとか「安全」という表示になっても、数日後にはまた×マーク...。
面倒になって、最近は放っておくことが多くなった。
全く意味がない...。
YahooにIDでログインしても、作業の途中で改めてパスワードを求められることがある。
これもセキュリティ強化のためらしいが、急いでいるときには腹が立つ。
ナガブロでも煩わしいことが増えてきた。
コメントを書き込むときの「画像認証」。
たまに読みにくい画像があると、再入力の画面になる。
思わず「まったく!」と文句を言ってしまう。
セキュリティを強化したい人だけがこのシステムを付けているのだと思ったら、
いつからか自分のブログにも自動的に付いている。
頂いたコメントにレスするときにも認証を求めてくるのが腹立たしい。
自分のブログにコメントするときには解除されるようにしてほしい。
環境設定」から変更できることを知り、「画像認証」はオフにした。
ここまでは、ただ煩わしいだけだからまだ許せる。
先日、ナガブロで遙かに腹が立つショックな経験をした。
たまたま記事を書いている途中で昼食になり、30分くらい間が空いた。
戻ってきて記事を書き上げ、「確認」ボタンを押すと、ログイン画面になってしまった。
あまりにも時間が空いたために、セキュリティ対策が働いたようだ。
嫌な予感がしたが、ショッピングのサイトなどでは再ログインすれば元のページに戻れる。
期待してログインしたが、予感が的中...。
「記事投稿」画面ではなく「管理画面」になってしまった。
一覧には、さっきあれだけ時間をかけてアップしたはずの記事はない。
ブラウザの「戻る」ボタンで「記事投稿」画面に戻っても白紙のままだ...。
ガーン...また初めからやり直しだ...。
これ、どうにかならないものか。
どこかに注意事項として書いてあったっけ...?
隅々まで読めばあるのかも知れないが、
実際の作業中に、せめて警告でも出るようにしてほしい。
あれ以来、記事投稿の「確認」を押す前には、忘れずに全文をコピーすることにしている。

危険を知らせる×マークが表示されている。
×が出たままだと何となく不安だし、
せっかくその料金払っているのだからと対応するが、「安全」になるには時間がかかる。
「フィッシング対策」だけならすぐに対処できるが、
「クイックスキャン」とかいうのが始まると、長時間パソコンの内部をチェックしている。
その間、他のソフトを使っていても、なんだか動きが遅い感じだ。
どこが「クイック」やねん!
なんとか「安全」という表示になっても、数日後にはまた×マーク...。
面倒になって、最近は放っておくことが多くなった。
全く意味がない...。
YahooにIDでログインしても、作業の途中で改めてパスワードを求められることがある。
これもセキュリティ強化のためらしいが、急いでいるときには腹が立つ。
ナガブロでも煩わしいことが増えてきた。
コメントを書き込むときの「画像認証」。
たまに読みにくい画像があると、再入力の画面になる。
思わず「まったく!」と文句を言ってしまう。
セキュリティを強化したい人だけがこのシステムを付けているのだと思ったら、
いつからか自分のブログにも自動的に付いている。
頂いたコメントにレスするときにも認証を求めてくるのが腹立たしい。
自分のブログにコメントするときには解除されるようにしてほしい。
環境設定」から変更できることを知り、「画像認証」はオフにした。
ここまでは、ただ煩わしいだけだからまだ許せる。
先日、ナガブロで遙かに腹が立つショックな経験をした。
たまたま記事を書いている途中で昼食になり、30分くらい間が空いた。
戻ってきて記事を書き上げ、「確認」ボタンを押すと、ログイン画面になってしまった。
あまりにも時間が空いたために、セキュリティ対策が働いたようだ。
嫌な予感がしたが、ショッピングのサイトなどでは再ログインすれば元のページに戻れる。
期待してログインしたが、予感が的中...。
「記事投稿」画面ではなく「管理画面」になってしまった。
一覧には、さっきあれだけ時間をかけてアップしたはずの記事はない。
ブラウザの「戻る」ボタンで「記事投稿」画面に戻っても白紙のままだ...。
ガーン...また初めからやり直しだ...。
これ、どうにかならないものか。
どこかに注意事項として書いてあったっけ...?
隅々まで読めばあるのかも知れないが、
実際の作業中に、せめて警告でも出るようにしてほしい。
あれ以来、記事投稿の「確認」を押す前には、忘れずに全文をコピーすることにしている。

2010年12月15日
正直者が得をする
天気予報に雪マークが増えてきたので、
例年より少し早いが冬タイヤに替えることにした。
私のと妻の、それに娘の車、計3台分だ。
私の分は、1年ずらして2本ずつ新調している。
一度に4本分だと出費がかさむためだ。
そのうちの2本が4シーズン目に当たるため、今年買い換えようかと思っていた。
そうなれば、一緒に他の2本も業者で付け替えてもらえば手間が省ける。
自分で替えるのは妻と娘の分だけにした。
と思ったら、妻が、まだ使えるかどうか診てもらいに行くと言う。
ヤマはまだ十分あるが、ゴムの柔らかさがわからない。
専門家に診てもらった方が安心だと、近くの系列店に向かった。
結果、替えた方がいいと言われて頼んでくる。
軽だから2万6千円で済んだが、痛い出費だ。
では...と、娘の分に取りかかろうとしたら、
こちらも4シーズン目で性能に確信が持てないと言う。
製造年は私の2本と同じ2007年だ。
まだ柔らかそうな気もするが、妻の勧めでやはり診断を受けに行く。
同じメーカーの車なので、さっき妻が行ったばかりの店だ。
帰って来たら、こちらももう寿命と言われたらしい。
結局、この日は1台もタイヤ交換をせずに済んだ。
それにしても、スタッドレスってそんなに短い期間で使えなくなるものか。
ただ新しいのを売りたいだけで、まだ使える物でも使えないと言ったのではないか。
何もわからない素人だからと、都合のいいようにあしらわれただけではないのか...。
ネットで調べてみる。
ほとんど毎年のように新調する人、5シーズン目でまだまだ行けるという人、実に様々だ。
ヤマは見ればわかるが、やはり問題は柔らかさ。
業者に行けば硬度計という器具で測定してくれるらしい。
CMか何かで見たことがある。
ならば、この器具さえあれば素人でも正確に判断できると思ったが、
どうもこの器械、市販はされていないようだ。
終了したオークションで5,000円で落札されているのを発見しただけだ。
妻と娘に確認したが、そんな器具は使わず、簡単に触診しただけだったと言う。
う~ん、どうも怪しい...。
ちゃんと客観的に診断してくれたのだろうか。
その結果を正直に伝えてくれたのだろうか...。
翌日、私の2本を診てもらう。
妻たちが行った店とは違う、カー用品専門店だ。
わけを話すと、すぐに硬度計を持って来た。
メーターが私に見えるようにして測ってくれる。
結果は緑ゾーンで、まだ大丈夫。
もう1シーズン履くことにした。
娘のと製造年も同じだし、走行距離もそう変わらないはずだが...。
当たり前のことだが、客観的、科学的に診断し、結果をありのまま示してくれたことが嬉しい。
来年はもちろんその店で買うことにした。
妻や娘の分も、今度はそこで診てもらおうと思う。
売ることを第一に、無知につけ込んだり必要以上に不安を煽る商売をしていれば、
やがて客は離れていく。
客のことを第一に考え、誠意を持って応対する正直者が、結局は得をするのだと痛感した。
p.s.今また調べてみたら、ヤフオクに新品の硬度計が出ていた。
2万いくらのと、8千円の物...。食指が動く...。

例年より少し早いが冬タイヤに替えることにした。
私のと妻の、それに娘の車、計3台分だ。
私の分は、1年ずらして2本ずつ新調している。
一度に4本分だと出費がかさむためだ。
そのうちの2本が4シーズン目に当たるため、今年買い換えようかと思っていた。
そうなれば、一緒に他の2本も業者で付け替えてもらえば手間が省ける。
自分で替えるのは妻と娘の分だけにした。
と思ったら、妻が、まだ使えるかどうか診てもらいに行くと言う。
ヤマはまだ十分あるが、ゴムの柔らかさがわからない。
専門家に診てもらった方が安心だと、近くの系列店に向かった。
結果、替えた方がいいと言われて頼んでくる。
軽だから2万6千円で済んだが、痛い出費だ。
では...と、娘の分に取りかかろうとしたら、
こちらも4シーズン目で性能に確信が持てないと言う。
製造年は私の2本と同じ2007年だ。
まだ柔らかそうな気もするが、妻の勧めでやはり診断を受けに行く。
同じメーカーの車なので、さっき妻が行ったばかりの店だ。
帰って来たら、こちらももう寿命と言われたらしい。
結局、この日は1台もタイヤ交換をせずに済んだ。
それにしても、スタッドレスってそんなに短い期間で使えなくなるものか。
ただ新しいのを売りたいだけで、まだ使える物でも使えないと言ったのではないか。
何もわからない素人だからと、都合のいいようにあしらわれただけではないのか...。
ネットで調べてみる。
ほとんど毎年のように新調する人、5シーズン目でまだまだ行けるという人、実に様々だ。
ヤマは見ればわかるが、やはり問題は柔らかさ。
業者に行けば硬度計という器具で測定してくれるらしい。
CMか何かで見たことがある。
ならば、この器具さえあれば素人でも正確に判断できると思ったが、
どうもこの器械、市販はされていないようだ。
終了したオークションで5,000円で落札されているのを発見しただけだ。
妻と娘に確認したが、そんな器具は使わず、簡単に触診しただけだったと言う。
う~ん、どうも怪しい...。
ちゃんと客観的に診断してくれたのだろうか。
その結果を正直に伝えてくれたのだろうか...。
翌日、私の2本を診てもらう。
妻たちが行った店とは違う、カー用品専門店だ。
わけを話すと、すぐに硬度計を持って来た。
メーターが私に見えるようにして測ってくれる。
結果は緑ゾーンで、まだ大丈夫。
もう1シーズン履くことにした。
娘のと製造年も同じだし、走行距離もそう変わらないはずだが...。
当たり前のことだが、客観的、科学的に診断し、結果をありのまま示してくれたことが嬉しい。
来年はもちろんその店で買うことにした。
妻や娘の分も、今度はそこで診てもらおうと思う。
売ることを第一に、無知につけ込んだり必要以上に不安を煽る商売をしていれば、
やがて客は離れていく。
客のことを第一に考え、誠意を持って応対する正直者が、結局は得をするのだと痛感した。
p.s.今また調べてみたら、ヤフオクに新品の硬度計が出ていた。
2万いくらのと、8千円の物...。食指が動く...。

2010年12月10日
ケヤキは手ごわい!
裏山のケヤキの大木を伐ってもらった。
大きくなりすぎると、中が空洞になってくるという。
家に倒れてきてはたまらないし、隣りに迷惑がかかってもいけない。
とても自分で伐採できる代物ではないので、知り合いの専門家に依頼した。
下見に来て、足場の悪さを確認。
重機も入れない狭くて急傾斜な所だ。
3万円で伐ってくれるという。
相場がわからないが、自分ではどうしようもないのでお願いする。
ついでに、ストーブで燃やせる大きさに玉切り(長さを揃える)してくれるよう頼んだ。
当日、朝からチェンソーの音が響き渡る。
何度か休憩を挟んで、それでもまだ倒れる気配がない。
頃合いを見計らって、庭から見学していた。
改めて見ると、かなりの高さだ。
間違ってこちら側に倒れてきたら、もろに屋根にぶつかりそう...。
ドキドキしながらその瞬間を待つ。
やがて、ミシミシと音がしたかと思ったら、続いてメリメリッ...!
スローモーション映像のように、おもむろに倒れた。
もちろん家の反対側に...。
なかなかの迫力だった。
その日の作業はそこまで。
後から聞いた話では、一番大きいチェンソーでぎりぎりだったとか...。
伐ったはいいが、降ろすのが大変だという。
玉切りまでするためには、別料金がほしいとも言っていたそうだ。
後日、妻と現場を見に行った。
遠くから見えた途端、「すごい!」と叫ぶ。
根元の直径は70㎝以上あるだろう。
枝の一本一本でも20~30㎝の太さだ。
こりゃあ、確かに降ろすのも一苦労だ。
この場で切り揃えるのも相当な手間だろう。
いったい何トンくらいるのか...。
これを全部薪にすれば一冬は十分まかなえるのではないか...。
ただ、前々からケヤキは堅くて割るのが大変だと聞いている。
試しに、家のそばに転げ落ちていた切れっ端を割ってみる。
直径、長さ(厚さ)とも30㎝というところか...。
何度も斧を振るうがびくともしない!
斧が跳ね返されて、割れ目すらできない。
これは、予想以上に手ごわい...。
その分、割れさえすれば上質な薪になる。
繊維の密度が高い分、高温で長時間燃えてくれるそうだ。
ストーブには理想的な木材なのだが...。
先達たちはクサビを用いたり、特別な重い斧を使ったりするようだ。
それでも、あれだけの量を薪に加工するまでにどれだけの時間がかかるか、想像もできない。
あれから10日が経つが、ケヤキはそのままだ。
幹はあきらめて、枝だけ1~2mに切ってもらおうと思う。
それくらいなら自分のチェンソーで玉切りできそうなので...。
ただ、その場合でも、あの太い幹はどう処分するのか。
プロのお手並み拝見である。




大きくなりすぎると、中が空洞になってくるという。
家に倒れてきてはたまらないし、隣りに迷惑がかかってもいけない。
とても自分で伐採できる代物ではないので、知り合いの専門家に依頼した。
下見に来て、足場の悪さを確認。
重機も入れない狭くて急傾斜な所だ。
3万円で伐ってくれるという。
相場がわからないが、自分ではどうしようもないのでお願いする。
ついでに、ストーブで燃やせる大きさに玉切り(長さを揃える)してくれるよう頼んだ。
当日、朝からチェンソーの音が響き渡る。
何度か休憩を挟んで、それでもまだ倒れる気配がない。
頃合いを見計らって、庭から見学していた。
改めて見ると、かなりの高さだ。
間違ってこちら側に倒れてきたら、もろに屋根にぶつかりそう...。
ドキドキしながらその瞬間を待つ。
やがて、ミシミシと音がしたかと思ったら、続いてメリメリッ...!
スローモーション映像のように、おもむろに倒れた。
もちろん家の反対側に...。
なかなかの迫力だった。
その日の作業はそこまで。
後から聞いた話では、一番大きいチェンソーでぎりぎりだったとか...。
伐ったはいいが、降ろすのが大変だという。
玉切りまでするためには、別料金がほしいとも言っていたそうだ。
後日、妻と現場を見に行った。
遠くから見えた途端、「すごい!」と叫ぶ。
根元の直径は70㎝以上あるだろう。
枝の一本一本でも20~30㎝の太さだ。
こりゃあ、確かに降ろすのも一苦労だ。
この場で切り揃えるのも相当な手間だろう。
いったい何トンくらいるのか...。
これを全部薪にすれば一冬は十分まかなえるのではないか...。
ただ、前々からケヤキは堅くて割るのが大変だと聞いている。
試しに、家のそばに転げ落ちていた切れっ端を割ってみる。
直径、長さ(厚さ)とも30㎝というところか...。
何度も斧を振るうがびくともしない!
斧が跳ね返されて、割れ目すらできない。
これは、予想以上に手ごわい...。
その分、割れさえすれば上質な薪になる。
繊維の密度が高い分、高温で長時間燃えてくれるそうだ。
ストーブには理想的な木材なのだが...。
先達たちはクサビを用いたり、特別な重い斧を使ったりするようだ。
それでも、あれだけの量を薪に加工するまでにどれだけの時間がかかるか、想像もできない。
あれから10日が経つが、ケヤキはそのままだ。
幹はあきらめて、枝だけ1~2mに切ってもらおうと思う。
それくらいなら自分のチェンソーで玉切りできそうなので...。
ただ、その場合でも、あの太い幹はどう処分するのか。
プロのお手並み拝見である。




2010年12月06日
漢字のこだわり
地元の新聞店が月一度出している通信がある。
B4用紙の両面に、いろいろな新聞に載ったコラムなどが再掲されている。
いつもは信毎と朝日しか見ていないので、なかなか興味深い。
先日その通信に、朝日新聞のコラムが載っていた。
以前に読んだ記憶がないし、館山支局の記者が書いていたので、
千葉県版のみの掲載だったのかも知れない。
しかし、果たしてその新聞店が千葉県版を手に入れることができるのか...。
私が見落としていただけかも知れない。
それはともかく、コラムのタイトルは「「一所懸命」のこだわり」という。
前半は「矢先」という言葉が、「ものごとの直前」という意味だけではなく、
本来は誤用である「直後」の意味でも使われるようになったことに触れている。
三浦哲郎氏の死去を報じた朝日新聞の記事に、
「5年ぶりに随筆集を出した矢先だった」という表現があったらしい。
「随筆集が出版される矢先だった」ならわかるが、これは間違いだと思ったと言う。
ところが最近では「直後」の意味で使われることも多く、
広辞苑にさえ「事の正に始まろうとするとき、または後」とあるらしい。
その後に出てくるのが「一所懸命」だ。
記者は中学生のときの漢字テストで、「一生懸命」を「一所懸命」と書いて×をもらったそうだ。
で、懲りたかと言えば逆である。
言葉は時代とともに変わるものであり、誤用がやがて正しい使い方となるのも認めた上で、
でも、だからこそ、言葉へのこだわりを忘れずに「小さな抵抗」を続けていきたいと結んでいる。
この記者、私とそっくりだ。
以前も書いたが、私も言葉や漢字については極めて保守的な人間だ。
「一所懸命」だけは意地でも譲らない。
「(電車などが)こむ」も、「混」が正式に許容されても、
本来の「込む」を使い続けるつもりだ。
何でも「取る」で済ませるのではなく、
「獲る」「捕る」や「撮る」「録る」「摂る」「採る」「執る」をきちんと使い分けたい。
そう言えば昔、
ラブレターではあえて「思う」を「想う」 、「会う」を「逢う」と書いていたっけ...。
因みに上に挙げた「矢先」、新解さん(新明解国語辞典)では「直後」は認めていない。
「予定の行動にかかろうとする、ちょうどその時」とある。
うん、これでなくっちゃ...。

B4用紙の両面に、いろいろな新聞に載ったコラムなどが再掲されている。
いつもは信毎と朝日しか見ていないので、なかなか興味深い。
先日その通信に、朝日新聞のコラムが載っていた。
以前に読んだ記憶がないし、館山支局の記者が書いていたので、
千葉県版のみの掲載だったのかも知れない。
しかし、果たしてその新聞店が千葉県版を手に入れることができるのか...。
私が見落としていただけかも知れない。
それはともかく、コラムのタイトルは「「一所懸命」のこだわり」という。
前半は「矢先」という言葉が、「ものごとの直前」という意味だけではなく、
本来は誤用である「直後」の意味でも使われるようになったことに触れている。
三浦哲郎氏の死去を報じた朝日新聞の記事に、
「5年ぶりに随筆集を出した矢先だった」という表現があったらしい。
「随筆集が出版される矢先だった」ならわかるが、これは間違いだと思ったと言う。
ところが最近では「直後」の意味で使われることも多く、
広辞苑にさえ「事の正に始まろうとするとき、または後」とあるらしい。
その後に出てくるのが「一所懸命」だ。
記者は中学生のときの漢字テストで、「一生懸命」を「一所懸命」と書いて×をもらったそうだ。
で、懲りたかと言えば逆である。
言葉は時代とともに変わるものであり、誤用がやがて正しい使い方となるのも認めた上で、
でも、だからこそ、言葉へのこだわりを忘れずに「小さな抵抗」を続けていきたいと結んでいる。
この記者、私とそっくりだ。
以前も書いたが、私も言葉や漢字については極めて保守的な人間だ。
「一所懸命」だけは意地でも譲らない。
「(電車などが)こむ」も、「混」が正式に許容されても、
本来の「込む」を使い続けるつもりだ。
何でも「取る」で済ませるのではなく、
「獲る」「捕る」や「撮る」「録る」「摂る」「採る」「執る」をきちんと使い分けたい。
そう言えば昔、
ラブレターではあえて「思う」を「想う」 、「会う」を「逢う」と書いていたっけ...。
因みに上に挙げた「矢先」、新解さん(新明解国語辞典)では「直後」は認めていない。
「予定の行動にかかろうとする、ちょうどその時」とある。
うん、これでなくっちゃ...。

2010年12月01日
レシートください!
コンビニで昼食を買った。
お釣りを貰う。
しばしの沈黙...。
それでも気がつかないので、指さして「レシート」と言うとやっとくれた。
私の経験では、コンビニで初めからレシートをくれる割合は3~4割である。
必要か否か聞いてくれるのはまだマシな方だ。
精算が済んでからも待っていると、ようやくくれる。
冒頭の例のように、こちらから要求しないともらえないことも少なくない。
お釣りが発生したときの方が、それとともにレシートを貰える確率は上がるようだ。
レシートは簡易領収書である。
必ず渡すのが大原則ではないか?
スーパーなら間違いなくくれる。
書店でもホームセンターでも同様だ。
服や靴を買っても、レシートは当たり前のように付いてくる。
なぜ、コンビニだけが違うのか...。
客層が異なるのが主な原因だろうか。
若者は一々レシートなど貰いたくないのか。
邪魔くさいという客が多いので、だんだん渡さない習慣になったのだろう。
そう言えばコンビニのレジには、不要なレシートを入れる箱まで置いてある。
そんな細かい金額など、出納の記録を残していない人が多いのかも知れない。
私は毎日の出費は欠かさずノートに記録しているので、レシートがないと困るのだ。
主婦でもないのにこんなに几帳面なのは少数派なのだろうか...。
高額な買い物ならレシートを受け取る人も多いだろう。
コンビニでの買い物程度なら、返品や交換という事態もほとんどないだろうから、
レシートなど不要という考えも理解できる。
しかし、私のように必要としている者も大勢いるのだ(...と思う)。
マニュアルがどうなっているのか知りたいものだが、
原則は渡すように徹底してもらいたい。

お釣りを貰う。
しばしの沈黙...。
それでも気がつかないので、指さして「レシート」と言うとやっとくれた。
私の経験では、コンビニで初めからレシートをくれる割合は3~4割である。
必要か否か聞いてくれるのはまだマシな方だ。
精算が済んでからも待っていると、ようやくくれる。
冒頭の例のように、こちらから要求しないともらえないことも少なくない。
お釣りが発生したときの方が、それとともにレシートを貰える確率は上がるようだ。
レシートは簡易領収書である。
必ず渡すのが大原則ではないか?
スーパーなら間違いなくくれる。
書店でもホームセンターでも同様だ。
服や靴を買っても、レシートは当たり前のように付いてくる。
なぜ、コンビニだけが違うのか...。
客層が異なるのが主な原因だろうか。
若者は一々レシートなど貰いたくないのか。
邪魔くさいという客が多いので、だんだん渡さない習慣になったのだろう。
そう言えばコンビニのレジには、不要なレシートを入れる箱まで置いてある。
そんな細かい金額など、出納の記録を残していない人が多いのかも知れない。
私は毎日の出費は欠かさずノートに記録しているので、レシートがないと困るのだ。
主婦でもないのにこんなに几帳面なのは少数派なのだろうか...。
高額な買い物ならレシートを受け取る人も多いだろう。
コンビニでの買い物程度なら、返品や交換という事態もほとんどないだろうから、
レシートなど不要という考えも理解できる。
しかし、私のように必要としている者も大勢いるのだ(...と思う)。
マニュアルがどうなっているのか知りたいものだが、
原則は渡すように徹底してもらいたい。

2010年11月27日
工事用信号に強制力はあるか?
松代の町に降りていくと、どこかしらで道路工事をやっている。
補修だったり、下水道整備だったり、目的はいろいろだ。
片側通行で作業員が旗を振っている。
夜間や休日には、ここに工事用の小さな信号機が設置されることになる。
青と赤だけで、赤の方に「あと何秒」というカウントダウンが表示されるものだ。
土曜日だったか、予定より遅れて家を出た私は気持ちが急いていた。
そういうときに限って、この信号にも捕まるものだ。
前に1台止まっていたので、その後ろでおとなしく待つ。
このときの現場は極めて短い区間であり、しかも見通しのよい直線道路だ。
対向車は見えず、発進しても事故が起こる危険性はゼロに等しい状況だった。
ところが、前の車はひたすら青信号を待っている。
よほど追い抜こうかと思ったが、あまりにマナー違反かも...と思い直す。
結局、完全に青に変わってから前車に従うことになった。
私の車が先頭なら、赤でも迷わず進んでいたと思う。
正式な信号ではないのだから、安全が確認できれば赤信号は無視していいのではないか?
以前、工事用信号には強制力はないと聞いた覚えがある。
マナーや道徳という範疇の問題で、道交法違反にはならないと・・・。
もちろん、万が一事故になった場合は、赤で進んだ方が圧倒的に不利にはなるだろうが...。
その覚悟を持った上での自己責任に帰する問題だと思っていた。
ところが、改めてネットで調べてみると、
工事用信号でも信号無視は道交法違反だという意見が意外と多い。
実際に反則切符を切られたのを見たという声がある。
信号によって違う(公安委の認定を受けているか否か)という説もある。
一方、私と同じ内容の意見もほぼ同数見受けられた。
いったいどちらが真実なのか...?
大多数の運転者の行動を見ていると、
赤信号の残り時間が10秒くらいになった時点で見切り発進する例が多い。
反対側の信号が赤に変わってからこちらが青になるまで、多少時間がある。
つまり双方が赤になっているときがあるわけで、
そこを突いて少しでも早くとスタートするのだ。
先頭が走り出すと、後続車も赤を無視して続く。
「みんなで渡れば...」の典型だ。
工事用信号にも強制力があるなら、これも明らかに違反になってしまうが...。
そもそも、正規の交通信号でさえ、私が遵守しているのは罰則があるからだ。
それさえなければ、安全が確認できれば赤信号でも進むつもりだ。
徒歩や自転車なら、まず機械的には従わない。
車だと従うのは反則切符が怖いからである。
...法治主義の世の中で、こんな主張は許されないだろうか?
罰則がなかろうが、安全が確認されようが、赤信号は守るべきだという方には問いたい。
上述のように工事用信号の赤が残り数秒になったとき、
前車が発進しても自分は青まで待っていますか...?
そもそも信号は必要悪である。
信号がなければ車や歩行者の横断もままならない幹線道路や、
学校の近くなら仕方がないが、
それ以外の箇所には信号を増やすべきではない。
信号に頼るのは楽だが、その分判断力が奪われ、思考停止が促進されるのを忘れてはならない。
青になったからと、安全を確かめもせずに発進して事故に遭うことも稀ではないのだ。
松代の町の中は、信号が少ないので気に入っている。。
かなり神経を使う交差点もあるが、私はそこに信号を望まない。
東京のどこだったか、五差路にあえて信号を設置していない所があるそうだ。
その方が事故が起こりにくいのだという。
機械に頼って何も考えずにその指示に従うより、
個々のドライバーが自己責任で頭を使ったり譲り合ったりした方が、よほどうまく行くのだ。信号さえ設ければ安全という安易な発想はなくしてもらいたい。
話がずいぶん逸れてしまった。
工事用信号の件、どなたか真相を教えてください。
罰則があるのなら、0秒になるまで待たなければならないので...。

補修だったり、下水道整備だったり、目的はいろいろだ。
片側通行で作業員が旗を振っている。
夜間や休日には、ここに工事用の小さな信号機が設置されることになる。
青と赤だけで、赤の方に「あと何秒」というカウントダウンが表示されるものだ。
土曜日だったか、予定より遅れて家を出た私は気持ちが急いていた。
そういうときに限って、この信号にも捕まるものだ。
前に1台止まっていたので、その後ろでおとなしく待つ。
このときの現場は極めて短い区間であり、しかも見通しのよい直線道路だ。
対向車は見えず、発進しても事故が起こる危険性はゼロに等しい状況だった。
ところが、前の車はひたすら青信号を待っている。
よほど追い抜こうかと思ったが、あまりにマナー違反かも...と思い直す。
結局、完全に青に変わってから前車に従うことになった。
私の車が先頭なら、赤でも迷わず進んでいたと思う。
正式な信号ではないのだから、安全が確認できれば赤信号は無視していいのではないか?
以前、工事用信号には強制力はないと聞いた覚えがある。
マナーや道徳という範疇の問題で、道交法違反にはならないと・・・。
もちろん、万が一事故になった場合は、赤で進んだ方が圧倒的に不利にはなるだろうが...。
その覚悟を持った上での自己責任に帰する問題だと思っていた。
ところが、改めてネットで調べてみると、
工事用信号でも信号無視は道交法違反だという意見が意外と多い。
実際に反則切符を切られたのを見たという声がある。
信号によって違う(公安委の認定を受けているか否か)という説もある。
一方、私と同じ内容の意見もほぼ同数見受けられた。
いったいどちらが真実なのか...?
大多数の運転者の行動を見ていると、
赤信号の残り時間が10秒くらいになった時点で見切り発進する例が多い。
反対側の信号が赤に変わってからこちらが青になるまで、多少時間がある。
つまり双方が赤になっているときがあるわけで、
そこを突いて少しでも早くとスタートするのだ。
先頭が走り出すと、後続車も赤を無視して続く。
「みんなで渡れば...」の典型だ。
工事用信号にも強制力があるなら、これも明らかに違反になってしまうが...。
そもそも、正規の交通信号でさえ、私が遵守しているのは罰則があるからだ。
それさえなければ、安全が確認できれば赤信号でも進むつもりだ。
徒歩や自転車なら、まず機械的には従わない。
車だと従うのは反則切符が怖いからである。
...法治主義の世の中で、こんな主張は許されないだろうか?
罰則がなかろうが、安全が確認されようが、赤信号は守るべきだという方には問いたい。
上述のように工事用信号の赤が残り数秒になったとき、
前車が発進しても自分は青まで待っていますか...?
そもそも信号は必要悪である。
信号がなければ車や歩行者の横断もままならない幹線道路や、
学校の近くなら仕方がないが、
それ以外の箇所には信号を増やすべきではない。
信号に頼るのは楽だが、その分判断力が奪われ、思考停止が促進されるのを忘れてはならない。
青になったからと、安全を確かめもせずに発進して事故に遭うことも稀ではないのだ。
松代の町の中は、信号が少ないので気に入っている。。
かなり神経を使う交差点もあるが、私はそこに信号を望まない。
東京のどこだったか、五差路にあえて信号を設置していない所があるそうだ。
その方が事故が起こりにくいのだという。
機械に頼って何も考えずにその指示に従うより、
個々のドライバーが自己責任で頭を使ったり譲り合ったりした方が、よほどうまく行くのだ。信号さえ設ければ安全という安易な発想はなくしてもらいたい。
話がずいぶん逸れてしまった。
工事用信号の件、どなたか真相を教えてください。
罰則があるのなら、0秒になるまで待たなければならないので...。

2010年11月23日
投扇興大会
11月21日に浅草で行われた「第13回投扇興競技大会」に行ってきました。
毎年この時期に行われる投扇興其扇流最大の大会です。
其扇流は本部が浅草にあるため、競技人口は東京を中心とした首都圏に偏っています。
隔月に浅草で例会が開かれるのですが、平日の夜なので長野からはなかなか参加できません。
この大会だけは何としても参加したいと、毎年日程を空けて待っているのです。
私は今回で7年連続の出場。
2年前からは「信州みすず連」として団体戦にも出ています。
個人戦は1試合10投で一人4試合。
サッカーのW杯のように8つのブロックに分かれて対戦し、
その中の1位の人が決勝トーナメントに進みます。
つまり、各ブロックの1位になれば、その時点でベスト8ということです。
団体戦は5人一組で各人5投(計25投)。
4つのブロックの中で総当たり戦を行い、1位チームが決勝トーナメントへ。
こちらはその時点でベスト4になります。
今までの最高成績は、個人戦では2007年のベスト4。
団体戦ではまだ決勝トーナメントへの進出がありません。
毎年個人戦は90~100名くらいの参加ですが、今年は104名。
団体戦も定数いっぱいの16チームです。
地方からの参加は私たち長野組と、もう一組はさらに遠い八戸組。
老若男女、超ベテランから初心者まで多種多彩な面々が集い、
まさに投扇興の実力ナンバー1を決めるにふさわしい舞台となりました。
104名が8ブロックに分かれるのですから、1ブロックが13~14名。
この中で1位になるには、まず4戦全勝が必須条件。
全勝が複数いた場合は総得点での争いになります。
この、得点より勝ち数優先のシステムが曲者。
4人としか対戦しないので、誰とあたるかが問題なのです。
強い人同士の対戦が多くなり、星のつぶし合いをしてくれれば、
総得点は低くても、4戦全勝で勝ち抜ける可能性があるわけですね。
当然、不満が出ないよう、対戦相手や対戦順は機械的に決められることになります。
さて、いよいよ個人戦の開始。
なんと運悪く、1戦目に強敵Kさんとあたってしまいました。
過去この大会で0勝2敗の相手です。
このところ、月例会でも絶不調だった私。
初戦の緊張感もあり、全くいいところなく敗戦。
早くも決勝トーナメントは遙か遠くに行ってしまいました。
2戦目は楽勝ペースだったのに、偶然性の高い大技が相手に飛び出し逆転負け。
3,4戦目はなんとか勝ちましたが、2勝2敗はこれまでの最低タイ記録です。
団体戦も、健闘虚しく予選リーグで敗退。
「大将」の仕事を少しはできたのが救いですが、悔しい結果となりました。
それでも嬉しかったのは、仲間のSさんが個人戦で決勝トーナメントに進んだこと。
準々決勝でも勝ち、かつての私と同じベスト4に輝いたのです。
準決勝も、わずか1点差での敗退。惜しかった...。
でも、信州みすず連発足以前から熱心に練習会に参加されているSさん、
努力が報いられて本当によかった!
今年の大会は終わりました。
もう気分は来年に向いています。
高校野球の県予選で敗れ去ったチームのように、今から練習を積むのみです。
さあ、一緒に浅草で活躍したい人、いませんか?
信州みすず連では随時新メンバーを募集中です。
一度体験してみたいという方も、お気軽にお申し出下さい。
お待ちしていまーす!!

毎年この時期に行われる投扇興其扇流最大の大会です。
其扇流は本部が浅草にあるため、競技人口は東京を中心とした首都圏に偏っています。
隔月に浅草で例会が開かれるのですが、平日の夜なので長野からはなかなか参加できません。
この大会だけは何としても参加したいと、毎年日程を空けて待っているのです。
私は今回で7年連続の出場。
2年前からは「信州みすず連」として団体戦にも出ています。
個人戦は1試合10投で一人4試合。
サッカーのW杯のように8つのブロックに分かれて対戦し、
その中の1位の人が決勝トーナメントに進みます。
つまり、各ブロックの1位になれば、その時点でベスト8ということです。
団体戦は5人一組で各人5投(計25投)。
4つのブロックの中で総当たり戦を行い、1位チームが決勝トーナメントへ。
こちらはその時点でベスト4になります。
今までの最高成績は、個人戦では2007年のベスト4。
団体戦ではまだ決勝トーナメントへの進出がありません。
毎年個人戦は90~100名くらいの参加ですが、今年は104名。
団体戦も定数いっぱいの16チームです。
地方からの参加は私たち長野組と、もう一組はさらに遠い八戸組。
老若男女、超ベテランから初心者まで多種多彩な面々が集い、
まさに投扇興の実力ナンバー1を決めるにふさわしい舞台となりました。
104名が8ブロックに分かれるのですから、1ブロックが13~14名。
この中で1位になるには、まず4戦全勝が必須条件。
全勝が複数いた場合は総得点での争いになります。
この、得点より勝ち数優先のシステムが曲者。
4人としか対戦しないので、誰とあたるかが問題なのです。
強い人同士の対戦が多くなり、星のつぶし合いをしてくれれば、
総得点は低くても、4戦全勝で勝ち抜ける可能性があるわけですね。
当然、不満が出ないよう、対戦相手や対戦順は機械的に決められることになります。
さて、いよいよ個人戦の開始。
なんと運悪く、1戦目に強敵Kさんとあたってしまいました。
過去この大会で0勝2敗の相手です。
このところ、月例会でも絶不調だった私。
初戦の緊張感もあり、全くいいところなく敗戦。
早くも決勝トーナメントは遙か遠くに行ってしまいました。
2戦目は楽勝ペースだったのに、偶然性の高い大技が相手に飛び出し逆転負け。
3,4戦目はなんとか勝ちましたが、2勝2敗はこれまでの最低タイ記録です。
団体戦も、健闘虚しく予選リーグで敗退。
「大将」の仕事を少しはできたのが救いですが、悔しい結果となりました。
それでも嬉しかったのは、仲間のSさんが個人戦で決勝トーナメントに進んだこと。
準々決勝でも勝ち、かつての私と同じベスト4に輝いたのです。
準決勝も、わずか1点差での敗退。惜しかった...。
でも、信州みすず連発足以前から熱心に練習会に参加されているSさん、
努力が報いられて本当によかった!
今年の大会は終わりました。
もう気分は来年に向いています。
高校野球の県予選で敗れ去ったチームのように、今から練習を積むのみです。
さあ、一緒に浅草で活躍したい人、いませんか?
信州みすず連では随時新メンバーを募集中です。
一度体験してみたいという方も、お気軽にお申し出下さい。
お待ちしていまーす!!

2010年11月17日
ローマ字
少し前、新聞の投稿欄に、小学校でのローマ字指導についての意見が載っていた。
「訓令式」のローマ字を教えることに対する疑問である。
小学校で教わる「訓令式」というのは、日本独自の表記だ。
「シ」をsi、「ジ」をzi、「チャ」をtyaと表す。
残念ながら、一般生活で使われることは皆無に等しい。
一方、国際的に通用し、広く使われているのは「ヘボン式」だ。
訓令式と共通するものがほとんどだが、一部異なる。
たとえば「シ」はshi、「ジ」はji、「チャ」はchaという具合だ。
ローマ字を教える目的は、一つには世界に通用する表音文字を身につけさせることであり、
同時に英語への導入という役割もあるだろう。
であれば、ヘボン式の方がはるかに都合がよい。
siと書くと、外国人は「シ」と読んでくれない。「スィ」になってしまう。
「シ」と読ませるためには、sの後にhが必要なのだ。
see だと「スィー」、she だと「シー」になるのと同じである。
tiは「ティ」、tuは「トゥ」、ziは「ズィ」になってしまうので、
それぞれchi、tsu、jiと表さなければならない。
「あつし」という名前を訓令式で Atusi と書けば、「アトゥティ」と発音されてしまうだろう。
塾に通う6年生に英語への準備指導を始めているが、
まず確かめるのはローマ字の定着度合である。
あやふやな子はもちろん徹底訓練するが、
訓令式をほぼ完璧にマスターしている子でも、ここで新たにヘボン式を教えなければならない。
数は少ないが、教わる方にしてみれば二度手間である。
体系的にまとまっているのは訓令式だ。
各行の子音と、五つの母音を機械的に組み合わせるだけで済む。
ヘボン式のような不規則性はない。
初めて習う子どもにはわかりやすいだろう。
だからと言って、結局は通用しない、学び直さねばならないものを、
わざわざ勉強するのも如何なものか...。
特にsyaやzyoなど面倒なものについては、その感が強い。
小学校でもヘボン式を教えればいい。
訓令式を原則とし、「シ」や「チャ」はヘボン式も教える。
どちらでもいいが、国際的にはこうだということもきちんと伝えればすむことだ。
自分の名前を「ダイティ」や「スィオリ」と読まれたくない子は、
積極的にヘボン式を覚えるだろう。
因みにキーボードではsiやtuでも「シ」「ツ」と出るが、
これは訓令式の名残か、スピードアップのためか...。
その分、外国人より得しているのか...。
小学校でも英語の授業が始まることで、
ローマ字の扱いがどうなって行くのか、注目したいところである。

「訓令式」のローマ字を教えることに対する疑問である。
小学校で教わる「訓令式」というのは、日本独自の表記だ。
「シ」をsi、「ジ」をzi、「チャ」をtyaと表す。
残念ながら、一般生活で使われることは皆無に等しい。
一方、国際的に通用し、広く使われているのは「ヘボン式」だ。
訓令式と共通するものがほとんどだが、一部異なる。
たとえば「シ」はshi、「ジ」はji、「チャ」はchaという具合だ。
ローマ字を教える目的は、一つには世界に通用する表音文字を身につけさせることであり、
同時に英語への導入という役割もあるだろう。
であれば、ヘボン式の方がはるかに都合がよい。
siと書くと、外国人は「シ」と読んでくれない。「スィ」になってしまう。
「シ」と読ませるためには、sの後にhが必要なのだ。
see だと「スィー」、she だと「シー」になるのと同じである。
tiは「ティ」、tuは「トゥ」、ziは「ズィ」になってしまうので、
それぞれchi、tsu、jiと表さなければならない。
「あつし」という名前を訓令式で Atusi と書けば、「アトゥティ」と発音されてしまうだろう。
塾に通う6年生に英語への準備指導を始めているが、
まず確かめるのはローマ字の定着度合である。
あやふやな子はもちろん徹底訓練するが、
訓令式をほぼ完璧にマスターしている子でも、ここで新たにヘボン式を教えなければならない。
数は少ないが、教わる方にしてみれば二度手間である。
体系的にまとまっているのは訓令式だ。
各行の子音と、五つの母音を機械的に組み合わせるだけで済む。
ヘボン式のような不規則性はない。
初めて習う子どもにはわかりやすいだろう。
だからと言って、結局は通用しない、学び直さねばならないものを、
わざわざ勉強するのも如何なものか...。
特にsyaやzyoなど面倒なものについては、その感が強い。
小学校でもヘボン式を教えればいい。
訓令式を原則とし、「シ」や「チャ」はヘボン式も教える。
どちらでもいいが、国際的にはこうだということもきちんと伝えればすむことだ。
自分の名前を「ダイティ」や「スィオリ」と読まれたくない子は、
積極的にヘボン式を覚えるだろう。
因みにキーボードではsiやtuでも「シ」「ツ」と出るが、
これは訓令式の名残か、スピードアップのためか...。
その分、外国人より得しているのか...。
小学校でも英語の授業が始まることで、
ローマ字の扱いがどうなって行くのか、注目したいところである。

2010年11月11日
出没...
中学生向けの言語力教材(初級編)製作が佳境に入ってきた。
冬期講習に向けて折り込みチラシも作らねばならない。
さらに、ストーブ用の薪を割ったり、来季に備えて切ったりする作業もある。
そんなわけでブログの更新がままならない状況だ...。
今日の題材は「出没」という言葉。
今年は熊が里に下りてくる機会が多いようで、毎日のようにこの言葉を目にする。
熊ほど、この言葉がピタリと来る対象はいないのではないか。
オリジナル教材で、辞書の定義からその言葉を推測させる問題がある。
「現れたり隠れたりすること」という定義を読んでも、すぐには全く言葉が出てこない子が多い。
数分考えた後、「出現」と答える。
「出現」では現れるだけだから、もちろん×である。
ヒントを出すとき使うのが熊だ。
「熊が...」でピンと来ない子には、
「現れっぱなしじゃ撃たれたり捕まったりしちゃうぞ。ちょっと現れてすぐいなくなることだ」
「「出」は合ってるからあと一字を考えろ」などと助け船を出す。
それにしても、「出没」は便利な言葉だ。
熊が出る度にこの表現では、いささか食傷気味だが、他にふさわしい言葉がない。
類語辞典にあたっても「見え隠れ」「隠顕」「散見」くらいしかない。
どれも「出没」のニュアンスとは違う...。
英語ではどう言うのか、Yahoo翻訳で調べてみた。
「出没」と名詞で入れると「haunting」と出てきた。
haunt を調べると、他動詞で「~にたびたび行く」「~に出る、~に取り憑く、~を悩ます」とある。
ははあ...ディズニーランドの「ホーンテッド・マンション」の haunt か...。
haunt は名詞で
「行きつけの所、(動物などの)よく出る所、(犯人などの)巣窟」という意味もあるらしい。
かなり「出没」の匂いがしてきたが、やはり「没」のイメージが伴わない。
他動詞なので、場所を主語にして受動態の文にするしかなさそうだ。
「この地区は熊に取り憑かれている」のような表現になるのだろう。
「熊が出没する」を翻訳すると「A bear appears frequently.」になった。
単に「頻出する」と言っているだけである。
「出没」は「頻繁に」というニュアンスを、必ずしも伴わないのではないか...。
ところで、「出没」という言葉が合う主語は、熊などの獣以外に何が考えられるだろう?
痴漢、空き巣、引ったくり...幽霊...ろくなものがない。
どうもこの言葉は、出て来てほしくない何かに対して用いるようだ。
動物でも、美しいオオムラサキやカワセミ、愛らしいリス、探し求めていたクワガタなどには
「出没」は使われないのではないか...。
そう思っていたら、さすが「新解さん(新明解国語辞典)」。
「(幽霊・強盗・痴漢・獣など好ましくない存在が)時どき姿を現すこと」とあった。
とすれば、かなり主観が入った言葉ということになる。
出て来てほしいと思っていた人の幽霊なら、「出没」ではなく「出現」がふさわしい。
猟師にとっては、熊もそうであるかも知れない。
逆にリスやオコジョでも、畑を荒らしたり人間に危害を加えることがあれば、
好ましくない存在として「出没」を使われることになるだろう。
動物たちにしてみれば甚だ迷惑な言葉である。
それにしても、市街地でもこれだけ熊の出没が度重なると、
イノシシやカモシカが出る山間部ではヒヤヒヤものだ。
夜遅く帰宅し、車を降りてから玄関までたどり着く間の畑が怖ろしい。
鈴でも鳴らして通ろうか...。

冬期講習に向けて折り込みチラシも作らねばならない。
さらに、ストーブ用の薪を割ったり、来季に備えて切ったりする作業もある。
そんなわけでブログの更新がままならない状況だ...。
今日の題材は「出没」という言葉。
今年は熊が里に下りてくる機会が多いようで、毎日のようにこの言葉を目にする。
熊ほど、この言葉がピタリと来る対象はいないのではないか。
オリジナル教材で、辞書の定義からその言葉を推測させる問題がある。
「現れたり隠れたりすること」という定義を読んでも、すぐには全く言葉が出てこない子が多い。
数分考えた後、「出現」と答える。
「出現」では現れるだけだから、もちろん×である。
ヒントを出すとき使うのが熊だ。
「熊が...」でピンと来ない子には、
「現れっぱなしじゃ撃たれたり捕まったりしちゃうぞ。ちょっと現れてすぐいなくなることだ」
「「出」は合ってるからあと一字を考えろ」などと助け船を出す。
それにしても、「出没」は便利な言葉だ。
熊が出る度にこの表現では、いささか食傷気味だが、他にふさわしい言葉がない。
類語辞典にあたっても「見え隠れ」「隠顕」「散見」くらいしかない。
どれも「出没」のニュアンスとは違う...。
英語ではどう言うのか、Yahoo翻訳で調べてみた。
「出没」と名詞で入れると「haunting」と出てきた。
haunt を調べると、他動詞で「~にたびたび行く」「~に出る、~に取り憑く、~を悩ます」とある。
ははあ...ディズニーランドの「ホーンテッド・マンション」の haunt か...。
haunt は名詞で
「行きつけの所、(動物などの)よく出る所、(犯人などの)巣窟」という意味もあるらしい。
かなり「出没」の匂いがしてきたが、やはり「没」のイメージが伴わない。
他動詞なので、場所を主語にして受動態の文にするしかなさそうだ。
「この地区は熊に取り憑かれている」のような表現になるのだろう。
「熊が出没する」を翻訳すると「A bear appears frequently.」になった。
単に「頻出する」と言っているだけである。
「出没」は「頻繁に」というニュアンスを、必ずしも伴わないのではないか...。
ところで、「出没」という言葉が合う主語は、熊などの獣以外に何が考えられるだろう?
痴漢、空き巣、引ったくり...幽霊...ろくなものがない。
どうもこの言葉は、出て来てほしくない何かに対して用いるようだ。
動物でも、美しいオオムラサキやカワセミ、愛らしいリス、探し求めていたクワガタなどには
「出没」は使われないのではないか...。
そう思っていたら、さすが「新解さん(新明解国語辞典)」。
「(幽霊・強盗・痴漢・獣など好ましくない存在が)時どき姿を現すこと」とあった。
とすれば、かなり主観が入った言葉ということになる。
出て来てほしいと思っていた人の幽霊なら、「出没」ではなく「出現」がふさわしい。
猟師にとっては、熊もそうであるかも知れない。
逆にリスやオコジョでも、畑を荒らしたり人間に危害を加えることがあれば、
好ましくない存在として「出没」を使われることになるだろう。
動物たちにしてみれば甚だ迷惑な言葉である。
それにしても、市街地でもこれだけ熊の出没が度重なると、
イノシシやカモシカが出る山間部ではヒヤヒヤものだ。
夜遅く帰宅し、車を降りてから玄関までたどり着く間の畑が怖ろしい。
鈴でも鳴らして通ろうか...。

2010年11月05日
努力はしたくない...
今年の中3には手応えのない生徒が数名いる。
後期入試まであと4ヶ月というのに、なかなか本気モードに入れない。
まず気になるのは、塾での居眠りだ。
中学生はフリータイム制で個別指導。
一部を除いて、学習する教科もその分量も生徒が自分で決める。
もちろんアドバイスや注意はするが、講師主導型の塾ではない。
その分自己管理する力が要求されることになるが、
慣れてくれば中1でも十分に対応できる。
講師の指示どおりに与えられたものだけをこなす、受動型の勉強から脱皮させたいのだ。
もちろん、これまでにも居眠りする子はいた。
中学校の生活になかなか順応できない中1、部活で疲れ切っている子、
毎日の習い事に振り回されている生徒などなど...。
そういう子は、多少居眠りしていてもしばらく放っておく。
無理に起こしても集中力が続かない。
またすぐ夢の世界へ戻ってしまうこともしばしばだ。
10分くらい寝かせてやった方が結果的には効率的だ。
ところが、今回は中3である。
部活も卒業して、体力的には余裕があるはずだ。
他の塾や習い事を掛け持ちしているわけでもない。
それなのに、放っておくと30分くらい平気で寝ているのだ...。
就寝する時間がよほど遅いのか、生活が乱れているのか?
本人に問いただしてみても明確な原因がつかめない。
授業中にも寝ることがあるそうだが、テストのときは大丈夫と言うのだから
病気(ナルコレプシー)でもなさそうだ。
やはり本人のやる気の問題か...。
先日、すべての保護者と個別面談を行った。
中3は生徒も含めた個別面談だ。
居眠り問題の生徒の一人には、母親も匙を投げていた。
高校のことも受験のことも、まるで他人事のような言動だ。
面談のときまでに書いてこいと言った計画表も白紙のままだし、
夏休み中の高校見学も全く行っていないという。
特に数学については、素晴らしいセンスを持っている子だ。
「こんな考え方もできる」という説明にも大いに興味を示すので、
決して勉強が嫌いというわけではないだろう。
ところが、すべてにおいて雑でいい加減なのだ。
テストも、勘違いや計算違いで点を落としている。
本人の考え方もいろいろ聞いてみたが、
受験勉強を本気で頑張るという気持ちはないらしい。
今の学力で入れる高校に行けばいいと思っている。
要するに、努力はしたくないということだ。
母親は、そんな考えならむしろ受験に失敗して浪人した方がいいと言う。
私も、それもありかな?と思う。
これから先、いつも努力することから逃げて、
成り行き任せの人生を送らせていいのだろうか。
ときには死ぬ気で頑張る、という体験を積ませる必要があるのではないか...。
少子化のせいで、高校も大学も、選り好みをしなければ皆入れるようになった。
こういう子が増えているのも時代の流れなのかも知れない。
難しいことやめんどくさいことは嫌い、楽しくやりたいという子も多い。
これでいいわけない、何とかしたいと思うのだが、まさに「笛吹けど踊らず」...。
もどかしくて仕方がない。

後期入試まであと4ヶ月というのに、なかなか本気モードに入れない。
まず気になるのは、塾での居眠りだ。
中学生はフリータイム制で個別指導。
一部を除いて、学習する教科もその分量も生徒が自分で決める。
もちろんアドバイスや注意はするが、講師主導型の塾ではない。
その分自己管理する力が要求されることになるが、
慣れてくれば中1でも十分に対応できる。
講師の指示どおりに与えられたものだけをこなす、受動型の勉強から脱皮させたいのだ。
もちろん、これまでにも居眠りする子はいた。
中学校の生活になかなか順応できない中1、部活で疲れ切っている子、
毎日の習い事に振り回されている生徒などなど...。
そういう子は、多少居眠りしていてもしばらく放っておく。
無理に起こしても集中力が続かない。
またすぐ夢の世界へ戻ってしまうこともしばしばだ。
10分くらい寝かせてやった方が結果的には効率的だ。
ところが、今回は中3である。
部活も卒業して、体力的には余裕があるはずだ。
他の塾や習い事を掛け持ちしているわけでもない。
それなのに、放っておくと30分くらい平気で寝ているのだ...。
就寝する時間がよほど遅いのか、生活が乱れているのか?
本人に問いただしてみても明確な原因がつかめない。
授業中にも寝ることがあるそうだが、テストのときは大丈夫と言うのだから
病気(ナルコレプシー)でもなさそうだ。
やはり本人のやる気の問題か...。
先日、すべての保護者と個別面談を行った。
中3は生徒も含めた個別面談だ。
居眠り問題の生徒の一人には、母親も匙を投げていた。
高校のことも受験のことも、まるで他人事のような言動だ。
面談のときまでに書いてこいと言った計画表も白紙のままだし、
夏休み中の高校見学も全く行っていないという。
特に数学については、素晴らしいセンスを持っている子だ。
「こんな考え方もできる」という説明にも大いに興味を示すので、
決して勉強が嫌いというわけではないだろう。
ところが、すべてにおいて雑でいい加減なのだ。
テストも、勘違いや計算違いで点を落としている。
本人の考え方もいろいろ聞いてみたが、
受験勉強を本気で頑張るという気持ちはないらしい。
今の学力で入れる高校に行けばいいと思っている。
要するに、努力はしたくないということだ。
母親は、そんな考えならむしろ受験に失敗して浪人した方がいいと言う。
私も、それもありかな?と思う。
これから先、いつも努力することから逃げて、
成り行き任せの人生を送らせていいのだろうか。
ときには死ぬ気で頑張る、という体験を積ませる必要があるのではないか...。
少子化のせいで、高校も大学も、選り好みをしなければ皆入れるようになった。
こういう子が増えているのも時代の流れなのかも知れない。
難しいことやめんどくさいことは嫌い、楽しくやりたいという子も多い。
これでいいわけない、何とかしたいと思うのだが、まさに「笛吹けど踊らず」...。
もどかしくて仕方がない。

2010年11月01日
おかしな日本語...なのかな?
久々の小ネタ集。また野球シリーズだ。
①「阪神打線を抑えられることができるか。」
これは明らかに重複表現。
「押さえられるか」と言うか、「抑えることができるか」と表現するか、
一瞬迷った結果だと推察する。
②「今シーズン、巨人からの失点はゼロです。」
正しい言い方のようにも思えるが、どうも違和感がある。
「巨人から点を奪われる」なら「~から」の使い方はおかしくない。
「巨人から点を失う」になると、やはり間違っている気がする。
「巨人に対する失点」あるいは「巨人相手の失点」とすべきではないか...。
③「今年はセ・リーグに優先権があるため、セとパが交互に下位から順番に指名する。」
先日のドラフト会議の仕組みを説明した信毎の記事。
2位指名以降の、いわゆるウェーバー制についてのくだりだ。
「セとパが交互に下位から順番に指名する」のは毎年のことである。
「セとパが」の部分で、今年はセ・リーグが先ということを言いたいのだろうが、
普通に読んだらそういう因果関係には取れない。
パ・リーグに優先権があるときは「交互に」ではない、
もしくは「下位から」ではないという解釈の方が自然であろう。
「セの下位球団から順番に、セ・パが交互に指名する」とすべし。
④「ただいま降雨のため試合が中断しています。」
これは私の疑問である。
「試合が中断する」という言い方は正しいのか?
試合が自分の意志で中断するわけではない。
人間の判断で試合が「中断される」のではないか...。
「新解さん(新明解国語辞典)」で「中断」を引くと、
「今まで続いていた物事が、なんらかの事情でそこで中止されること。
また、そうすること。」とある。
...微妙...。

①「阪神打線を抑えられることができるか。」
これは明らかに重複表現。
「押さえられるか」と言うか、「抑えることができるか」と表現するか、
一瞬迷った結果だと推察する。
②「今シーズン、巨人からの失点はゼロです。」
正しい言い方のようにも思えるが、どうも違和感がある。
「巨人から点を奪われる」なら「~から」の使い方はおかしくない。
「巨人から点を失う」になると、やはり間違っている気がする。
「巨人に対する失点」あるいは「巨人相手の失点」とすべきではないか...。
③「今年はセ・リーグに優先権があるため、セとパが交互に下位から順番に指名する。」
先日のドラフト会議の仕組みを説明した信毎の記事。
2位指名以降の、いわゆるウェーバー制についてのくだりだ。
「セとパが交互に下位から順番に指名する」のは毎年のことである。
「セとパが」の部分で、今年はセ・リーグが先ということを言いたいのだろうが、
普通に読んだらそういう因果関係には取れない。
パ・リーグに優先権があるときは「交互に」ではない、
もしくは「下位から」ではないという解釈の方が自然であろう。
「セの下位球団から順番に、セ・パが交互に指名する」とすべし。
④「ただいま降雨のため試合が中断しています。」
これは私の疑問である。
「試合が中断する」という言い方は正しいのか?
試合が自分の意志で中断するわけではない。
人間の判断で試合が「中断される」のではないか...。
「新解さん(新明解国語辞典)」で「中断」を引くと、
「今まで続いていた物事が、なんらかの事情でそこで中止されること。
また、そうすること。」とある。
...微妙...。

2010年10月26日
群れるな!
中学生のときだから、もう40年近く前になる。
NHKで「天下御免」という型破りな時代劇が放映されていた。
江戸時代の奇才、平賀源内を主人公にしたドラマだったが、
早坂暁氏の脚本が絶妙で実に楽しかった。
史実に基づいた部分は少なく、ときには時代考証もお構いなしに、
エンターテインメント性を重視していたのだ。
当時のNHK番組の中では、異色中の異色であったろう。
この冒険的な時代劇については、もちろん賛否両論の意見があったが、私は夢中になった。
初めはただ面白いだけだったが、そのうち主人公の源内の生き方に憧れるようになる。
奇人変人扱いされても意に介さず、むしろ人と違うことを誇りにしているかのようだった。
思想や言動がなかなか受け入れられず、「早く生まれすぎた」とこぼしながらも、
重苦しい時代をいかに面白く、自由に生きるかを追求していく姿に共感を覚えたのだ。
(実はこの「自由」が物語のコンセプトの一つでもあり、
ラストは自由を求めて熱気球でフランスに渡って、
フランス革命に参加するという壮大な展開になっていた。)
それまでの私は典型的な優等生タイプだった。
親や先生の言うことをよく聞き、お勉強も真面目にやって成績も良かった。
大人から与えられた価値観を、何の疑いもなく素直に受け入れていたのだ。
それがこの番組を観て変わった。
自分も源内のようになりたい、もっと自由に生きてみたいと思うようになったのだ。
強烈な自我が芽生えたきっかけが「天下御免」という時代劇だったのである。
前にも書いたが、今では行列が大嫌いな人間になった。
「変わっている」と言われるのは、私にとっては褒め言葉である。
いつも群れていないと気が済まない人より、孤高の人に魅力を感じる。
だからこそ、先日新聞に載っていた調査結果にはがっかりした。
ベネッセ教育研究開発センターが全国の児童・生徒に行った調査である。
「仲間同士で固まっていたい」「仲間外れにされないように話を合わせる」
こんなふうに答える子どもが、特に男子で増えているそうだ。
前者には小中学生の5~6割、後者には小学生の5割、中高生でも4~5割が該当している。
高校生でも43%の男子が「話を合わせる」というのは、いささか多すぎないか...。
記事は、「草食化」が小学生のときから始まっていると分析している。
我々の時代と違って、今の中高生は母親や父親ともよく話をしているらしい。
家族の絆が深まっているのは悪いことではないだろうが、
どうも内輪だけ、同質の者だけでまとまろうという意識が強すぎるように思う。
自分の周りのごく狭い範囲で、こぢんまりと居心地のいい空間を維持していこうと考えているのだろう。
なんだか日本の将来がますます心配になってくる。
友人や親と対立しながら自我を築いていく、
そんな「逞しい」青少年は少数派になってしまったのか...。
周りに合わせることばかり気にして、自分の頭で考える習慣を持たないまま成長すれば、
いつまでも自立できない若者が増加するのではないか。
マスコミに簡単に操作されやすい思考停止人間も、さらに一般化するだろう。
史実では、平賀源内は過失で人を殺め、牢内で死する。
その死にあたり、友人だった杉田玄白が詠んだ詩がある。
ああ非常の人
非常の事を好み
行いこれ非常
何ぞ非常の死なるや

※画像は最近読んだ本。励まされました...。
NHKで「天下御免」という型破りな時代劇が放映されていた。
江戸時代の奇才、平賀源内を主人公にしたドラマだったが、
早坂暁氏の脚本が絶妙で実に楽しかった。
史実に基づいた部分は少なく、ときには時代考証もお構いなしに、
エンターテインメント性を重視していたのだ。
当時のNHK番組の中では、異色中の異色であったろう。
この冒険的な時代劇については、もちろん賛否両論の意見があったが、私は夢中になった。
初めはただ面白いだけだったが、そのうち主人公の源内の生き方に憧れるようになる。
奇人変人扱いされても意に介さず、むしろ人と違うことを誇りにしているかのようだった。
思想や言動がなかなか受け入れられず、「早く生まれすぎた」とこぼしながらも、
重苦しい時代をいかに面白く、自由に生きるかを追求していく姿に共感を覚えたのだ。
(実はこの「自由」が物語のコンセプトの一つでもあり、
ラストは自由を求めて熱気球でフランスに渡って、
フランス革命に参加するという壮大な展開になっていた。)
それまでの私は典型的な優等生タイプだった。
親や先生の言うことをよく聞き、お勉強も真面目にやって成績も良かった。
大人から与えられた価値観を、何の疑いもなく素直に受け入れていたのだ。
それがこの番組を観て変わった。
自分も源内のようになりたい、もっと自由に生きてみたいと思うようになったのだ。
強烈な自我が芽生えたきっかけが「天下御免」という時代劇だったのである。
前にも書いたが、今では行列が大嫌いな人間になった。
「変わっている」と言われるのは、私にとっては褒め言葉である。
いつも群れていないと気が済まない人より、孤高の人に魅力を感じる。
だからこそ、先日新聞に載っていた調査結果にはがっかりした。
ベネッセ教育研究開発センターが全国の児童・生徒に行った調査である。
「仲間同士で固まっていたい」「仲間外れにされないように話を合わせる」
こんなふうに答える子どもが、特に男子で増えているそうだ。
前者には小中学生の5~6割、後者には小学生の5割、中高生でも4~5割が該当している。
高校生でも43%の男子が「話を合わせる」というのは、いささか多すぎないか...。
記事は、「草食化」が小学生のときから始まっていると分析している。
我々の時代と違って、今の中高生は母親や父親ともよく話をしているらしい。
家族の絆が深まっているのは悪いことではないだろうが、
どうも内輪だけ、同質の者だけでまとまろうという意識が強すぎるように思う。
自分の周りのごく狭い範囲で、こぢんまりと居心地のいい空間を維持していこうと考えているのだろう。
なんだか日本の将来がますます心配になってくる。
友人や親と対立しながら自我を築いていく、
そんな「逞しい」青少年は少数派になってしまったのか...。
周りに合わせることばかり気にして、自分の頭で考える習慣を持たないまま成長すれば、
いつまでも自立できない若者が増加するのではないか。
マスコミに簡単に操作されやすい思考停止人間も、さらに一般化するだろう。
史実では、平賀源内は過失で人を殺め、牢内で死する。
その死にあたり、友人だった杉田玄白が詠んだ詩がある。
ああ非常の人
非常の事を好み
行いこれ非常
何ぞ非常の死なるや

※画像は最近読んだ本。励まされました...。
2010年10月22日
道案内の力
言語表現力の中で、まず鍛えたいのが説明力である。
それを測るのに最適な素材の一つが、地図を見ての道案内だ。
ここのところ、甚だ要領の悪い説明を連続して目にして、その感を強くした。
塾には、図形や漢字、間取りや家系図、算数の考え方など、
様々なものを説明させるオリジナル教材があるが、
今回のは塾用の国語教材(小学生レベル)の一部である。
答えたのは中2の男女1名ずつ。
ごく簡単な道案内だ。
下図の●の位置から図書館までの道を教えればよい。
今手元に教材がないのでうろ覚えだが、50~60字の字数制限がある。
普通に考えれば、こんな説明になろうか。
「この道を行って二つ目の角を右に曲がります。橋を渡って次の角を左に曲がると、
右手に図書館があります。」
これくらい楽勝だろうと思っていたが、ずいぶんと時間がかかる。
どう表現していいか迷っているらしい。
やっと書き始めたと思ったら、今度は指定された字数内に収まらない...。

道案内が下手な子は、二つの面で「相手の立場に立つ」ことができていない。
一つは、相手にとって何が重要な情報なのかを考慮していないということ。
たとえばこんな説明を書いてくる。
「一つ目の十字路を通り過ぎて、二つ目の十字路を曲がり...」
どこでどちらに曲がるかが重要なのである。
一つ目の十字路のことなど触れる必要はない。
いや、触れるべきではないのだ。
親切のつもりで詳しく述べているのだろうが、余計な情報を増やすとかえってわかりにくくなる。
おまけに、肝心な二つ目の角をどちらに曲がるかが書かれていないのでは不親切この上ない。
橋を渡って十字路を左折するところまでで説明を終えているケースも多い。
これでは、曲がってからキョロキョロしなければならない。
どちら側に図書館があるのかまで教えてあげるのが、親切な道案内というものであろう。
相手の立場に立っていないもう一面の例。
自分の視点からだけで説明している。
「二つ目の角を橋がある方に曲がって...」
自分は地図を見ているから、橋があるとわかるのだ。
実際にその場で、角から橋が見えるとは限らないではないか...。
橋を渡った後左折してからの説明。
「すると上に図書館があります」
これも、地図を見ているからこそ出てきた表現であり、
現場を歩いている者には全く意味のない説明である。
左折した先が坂道になっていて、坂の上に図書館があるのかと思ってしまう。
※ ※ ※
企業が新入社員に求める力のトップはコミュニケーション力だ。
その根本を成すものの一つが、相手にわかりやすく説明できる力だと言えるだろう。
小中学生のうちから、少しでもその力を培ってやりたいと思っている。
それを測るのに最適な素材の一つが、地図を見ての道案内だ。
ここのところ、甚だ要領の悪い説明を連続して目にして、その感を強くした。
塾には、図形や漢字、間取りや家系図、算数の考え方など、
様々なものを説明させるオリジナル教材があるが、
今回のは塾用の国語教材(小学生レベル)の一部である。
答えたのは中2の男女1名ずつ。
ごく簡単な道案内だ。
下図の●の位置から図書館までの道を教えればよい。
今手元に教材がないのでうろ覚えだが、50~60字の字数制限がある。
普通に考えれば、こんな説明になろうか。
「この道を行って二つ目の角を右に曲がります。橋を渡って次の角を左に曲がると、
右手に図書館があります。」
これくらい楽勝だろうと思っていたが、ずいぶんと時間がかかる。
どう表現していいか迷っているらしい。
やっと書き始めたと思ったら、今度は指定された字数内に収まらない...。

道案内が下手な子は、二つの面で「相手の立場に立つ」ことができていない。
一つは、相手にとって何が重要な情報なのかを考慮していないということ。
たとえばこんな説明を書いてくる。
「一つ目の十字路を通り過ぎて、二つ目の十字路を曲がり...」
どこでどちらに曲がるかが重要なのである。
一つ目の十字路のことなど触れる必要はない。
いや、触れるべきではないのだ。
親切のつもりで詳しく述べているのだろうが、余計な情報を増やすとかえってわかりにくくなる。
おまけに、肝心な二つ目の角をどちらに曲がるかが書かれていないのでは不親切この上ない。
橋を渡って十字路を左折するところまでで説明を終えているケースも多い。
これでは、曲がってからキョロキョロしなければならない。
どちら側に図書館があるのかまで教えてあげるのが、親切な道案内というものであろう。
相手の立場に立っていないもう一面の例。
自分の視点からだけで説明している。
「二つ目の角を橋がある方に曲がって...」
自分は地図を見ているから、橋があるとわかるのだ。
実際にその場で、角から橋が見えるとは限らないではないか...。
橋を渡った後左折してからの説明。
「すると上に図書館があります」
これも、地図を見ているからこそ出てきた表現であり、
現場を歩いている者には全く意味のない説明である。
左折した先が坂道になっていて、坂の上に図書館があるのかと思ってしまう。
※ ※ ※
企業が新入社員に求める力のトップはコミュニケーション力だ。
その根本を成すものの一つが、相手にわかりやすく説明できる力だと言えるだろう。
小中学生のうちから、少しでもその力を培ってやりたいと思っている。
2010年10月19日
逆王手?
プロ野球セ・リーグのクライマックスシリーズ(CS)は、
地元甲子園で開催しながら、阪神が2連敗で敗退...。
あまりの情けない試合に、怒りも悔しさも湧かないほどだ。
で、気分を変えてパ・リーグのCSファイナルステージを楽しむ。
シーズン3位から大逆転で勝ち上がってきたロッテを応援。
どこかの球団と違って、ここ一番で勝負強い。
観ていて、実に楽しい試合だ。
3試合を終わって、ソフトバンクが3勝(アドバンテージ分含む)1敗で王手をかけた。
そこからロッテが連勝して、昨日までで3勝3敗。
今日勝った方が日本シリーズ進出だ。
今朝のスポーツ紙には、どこも「ロッテ逆王手!」の見出しが躍っている。
よく目にする言葉だが、考えてみるとこの使い方おかしくないだろうか?
将棋の場合、自分がかけた王手を相手がかわした結果、
今度は相手が王手をかける状況になることはあり得る。
そのときは自分の王手は消滅しているわけだ。
ところが今回のような場合は、ソフトバンクの王手がなくなったわけではない。
相変わらず3勝は挙げているのだから、今日勝てばいいわけだ。
「逆王手」では、ロッテだけにチャンスがあるような誤解を生むのではないか...。
今シーズンはセ・パ両リーグとも終盤まで混戦が続いた。
特にパ・リーグは、西武がマジック4まで行きながら、
最終盤にそれが消え、逆にソフトバンクにマジック1が点いた。
マジック1はすなわち「王手」である。
そのままソフトバンクの優勝が決まったが、
その日の試合で西武が勝ち、ソフトバンクが敗れていれば、
今度は西武にマジック1が点くはずだった。
こういう状況こそ「逆王手」と言うにふさわしい。
チャンスは片方にのみあるのだから...。
では、今回のロッテvsソフトバンクの3勝3敗はどう呼ぶべきか...。
互いに「王手」なのだから、「両王手」はどうかと思ったが、
それは将棋用語に実在し、全く違う意味になるようだ。
「相王手」なんてどうだろう...?
いつ誰が使い始めたの知らないが、どうも「逆王手」はしっくり来ない。
違和感を覚える方、他にいらっしゃいませんか?

※画像は庭で見かけた双子の花。不思議...。
地元甲子園で開催しながら、阪神が2連敗で敗退...。
あまりの情けない試合に、怒りも悔しさも湧かないほどだ。
で、気分を変えてパ・リーグのCSファイナルステージを楽しむ。
シーズン3位から大逆転で勝ち上がってきたロッテを応援。
どこかの球団と違って、ここ一番で勝負強い。
観ていて、実に楽しい試合だ。
3試合を終わって、ソフトバンクが3勝(アドバンテージ分含む)1敗で王手をかけた。
そこからロッテが連勝して、昨日までで3勝3敗。
今日勝った方が日本シリーズ進出だ。
今朝のスポーツ紙には、どこも「ロッテ逆王手!」の見出しが躍っている。
よく目にする言葉だが、考えてみるとこの使い方おかしくないだろうか?
将棋の場合、自分がかけた王手を相手がかわした結果、
今度は相手が王手をかける状況になることはあり得る。
そのときは自分の王手は消滅しているわけだ。
ところが今回のような場合は、ソフトバンクの王手がなくなったわけではない。
相変わらず3勝は挙げているのだから、今日勝てばいいわけだ。
「逆王手」では、ロッテだけにチャンスがあるような誤解を生むのではないか...。
今シーズンはセ・パ両リーグとも終盤まで混戦が続いた。
特にパ・リーグは、西武がマジック4まで行きながら、
最終盤にそれが消え、逆にソフトバンクにマジック1が点いた。
マジック1はすなわち「王手」である。
そのままソフトバンクの優勝が決まったが、
その日の試合で西武が勝ち、ソフトバンクが敗れていれば、
今度は西武にマジック1が点くはずだった。
こういう状況こそ「逆王手」と言うにふさわしい。
チャンスは片方にのみあるのだから...。
では、今回のロッテvsソフトバンクの3勝3敗はどう呼ぶべきか...。
互いに「王手」なのだから、「両王手」はどうかと思ったが、
それは将棋用語に実在し、全く違う意味になるようだ。
「相王手」なんてどうだろう...?
いつ誰が使い始めたの知らないが、どうも「逆王手」はしっくり来ない。
違和感を覚える方、他にいらっしゃいませんか?

※画像は庭で見かけた双子の花。不思議...。
2010年10月17日
「主婦」は忙しい
前回の続き。
「主婦」という言葉を中3生に定義してもらった。
「妻。主に家事をする。」
「家族の中で主に家事をする女性のこと。」
「家にこもり、炊事・洗濯などの家事をしている女性を指す言葉」
この辺は当たり障りのない説明だ。
「家にこもり」は専業主婦をイメージした結果か?
...それにしても「こもり」は行き過ぎではないか...。
あとの3人が注目している点が面白い。
「主に家事を仕事とし、年中無休。」
「結婚して仕事や家事を行い、夫とは違って忙しい。」
とにかく「主婦」は忙しいのだ!
中学生にもそう映っているのだ。
「夫」は、あまり忙しそうに見えないらしい...。
「家庭で夫を支える縁の下の力持ち的存在。むしろ夫より物事に追われて忙しい人。
たいてい夫より強く、夫がおそれる人。」
表には出ず陰で「夫を支える」役回りに徹しながら、
家庭内ではしっかり実権を握っている様子をみごとに表現している。
失礼ながら、つい彼のお母さんの顔を思い浮かべてしまった...。
因みに辞書の定義は以下の通り。
「妻であり、家事をきりもりする人。」(旺文社国語辞典)
「主人の妻で、一家をきりもりしている婦人。女あるじ。」(広辞苑)
「きりもりする」がポイントらしい。
新解さん(新明解国語辞典)ではこうなっている。
「家族が気持ちよく元気に・仕事(勉強)が出来るように生活環境を整え、
食事などの世話を中心になってする婦人。<主として妻に、この役が求められる>」
さすがに定義が具体的だ。
「きりもりする」なんかで誤魔化さない...。
< >の中の補足も効いている。
妻がやらなければいけないのではなく、「求められている」だけなのだ。
またときどき、この「ゲーム」やってみようと思っている。

「主婦」という言葉を中3生に定義してもらった。
「妻。主に家事をする。」
「家族の中で主に家事をする女性のこと。」
「家にこもり、炊事・洗濯などの家事をしている女性を指す言葉」
この辺は当たり障りのない説明だ。
「家にこもり」は専業主婦をイメージした結果か?
...それにしても「こもり」は行き過ぎではないか...。
あとの3人が注目している点が面白い。
「主に家事を仕事とし、年中無休。」
「結婚して仕事や家事を行い、夫とは違って忙しい。」
とにかく「主婦」は忙しいのだ!
中学生にもそう映っているのだ。
「夫」は、あまり忙しそうに見えないらしい...。
「家庭で夫を支える縁の下の力持ち的存在。むしろ夫より物事に追われて忙しい人。
たいてい夫より強く、夫がおそれる人。」
表には出ず陰で「夫を支える」役回りに徹しながら、
家庭内ではしっかり実権を握っている様子をみごとに表現している。
失礼ながら、つい彼のお母さんの顔を思い浮かべてしまった...。
因みに辞書の定義は以下の通り。
「妻であり、家事をきりもりする人。」(旺文社国語辞典)
「主人の妻で、一家をきりもりしている婦人。女あるじ。」(広辞苑)
「きりもりする」がポイントらしい。
新解さん(新明解国語辞典)ではこうなっている。
「家族が気持ちよく元気に・仕事(勉強)が出来るように生活環境を整え、
食事などの世話を中心になってする婦人。<主として妻に、この役が求められる>」
さすがに定義が具体的だ。
「きりもりする」なんかで誤魔化さない...。
< >の中の補足も効いている。
妻がやらなければいけないのではなく、「求められている」だけなのだ。
またときどき、この「ゲーム」やってみようと思っている。

2010年10月14日
「万引き」を定義せよ
心酔してやまない「新解さん」(新明解国語辞典)の魅力を生徒にも紹介した。
(以前に紹介した新解さんはこちらやこちら。)
さすがに中学生に「合体」とか「性交」の解釈を披露するわけにはいかないので、
「動物園」や「憎い」で、他の辞書ではあり得ない定義を体感してもらう。
他にも面白いのがあったはずだと前に書き留めたメモを探し出し、
次は「万引き」と「主婦」を味わってもらおうと決めた。
当日になって思い立った。
いきなり新解さんの解釈を見せる前に、まず彼らに自分なりの定義を書いてもらおう。
その後、一般的な辞書の解釈と新解さんのそれを紹介すれば、
新解さんのユニークさがいっそう際だつだろうと考えたのだ。
その場にいた中3生6名(全員男子)に書いてもらう。
制限時間は5分。
自分が辞書の編集者になったつもりで説明しろと指示した。
ウチの塾は普段からよく辞書を引かせているし、
オリジナル教材にも言葉の定義を書かせる問題があるので、
結構それっぽい答が集まった。
当たり障りのないいかにも辞書的なもの、
自分の経験を元にした新解さん顔負けのユニークなもの...。
生徒それぞれの性格や家庭環境まで垣間見えて面白い。
それぞれに過不足はあるが、どれもなかなかの作品だった。
まずは「万引き」の定義。
「店で売っている品物を、無断で持ち出そうとする行為。」
「店で商品を、お金を払わずに勝手に持ち出すこと。」
この辺りはおとなしい。
「身近にあるコンビニやスーパーから、金ではなく売り物を盗って
いく人。犯罪者。
ときには何十人の連合を組んで物を盗りに来る。」
「コンビニやスーパー」に限定しているところは問題だが、
「ときには」以降がユニークだ。
「店にある商品を許可なく持ち去り、店に損害を与える犯罪。」
「店に損害を与える」という定義を入れたはこの子だけだった。
私が一番気に入ったのがこれ。
「物をこわさず、人に恐怖を与えることなく品物を盗むこと。」
なるほど!
...泥棒や強盗との違いを明確にしたかったようだ。
因みに実際の辞書ではこうなっている。
「物を買うふりをしてそっとぬすむこと、また、その人。」(小学館・新選国語辞典)
「買い物をするふりをして、店頭の商品をかすめとること。また、その人。」(広辞苑)
そして新解さんは...
「店員の見ていない隙に売り場の商品を手に取り、
自分の持ち物(買った物)であるかのように見せかけて店外に持ち出す・こと(人)。」
さすがにリアルだ!
HOW TO 万引きの指南書みたい...。
さらに面白かった「主婦」については、また次回に...。

(以前に紹介した新解さんはこちらやこちら。)
さすがに中学生に「合体」とか「性交」の解釈を披露するわけにはいかないので、
「動物園」や「憎い」で、他の辞書ではあり得ない定義を体感してもらう。
他にも面白いのがあったはずだと前に書き留めたメモを探し出し、
次は「万引き」と「主婦」を味わってもらおうと決めた。
当日になって思い立った。
いきなり新解さんの解釈を見せる前に、まず彼らに自分なりの定義を書いてもらおう。
その後、一般的な辞書の解釈と新解さんのそれを紹介すれば、
新解さんのユニークさがいっそう際だつだろうと考えたのだ。
その場にいた中3生6名(全員男子)に書いてもらう。
制限時間は5分。
自分が辞書の編集者になったつもりで説明しろと指示した。
ウチの塾は普段からよく辞書を引かせているし、
オリジナル教材にも言葉の定義を書かせる問題があるので、
結構それっぽい答が集まった。
当たり障りのないいかにも辞書的なもの、
自分の経験を元にした新解さん顔負けのユニークなもの...。
生徒それぞれの性格や家庭環境まで垣間見えて面白い。
それぞれに過不足はあるが、どれもなかなかの作品だった。
まずは「万引き」の定義。
「店で売っている品物を、無断で持ち出そうとする行為。」
「店で商品を、お金を払わずに勝手に持ち出すこと。」
この辺りはおとなしい。
「身近にあるコンビニやスーパーから、金ではなく売り物を盗って
いく人。犯罪者。
ときには何十人の連合を組んで物を盗りに来る。」
「コンビニやスーパー」に限定しているところは問題だが、
「ときには」以降がユニークだ。
「店にある商品を許可なく持ち去り、店に損害を与える犯罪。」
「店に損害を与える」という定義を入れたはこの子だけだった。
私が一番気に入ったのがこれ。
「物をこわさず、人に恐怖を与えることなく品物を盗むこと。」
なるほど!
...泥棒や強盗との違いを明確にしたかったようだ。
因みに実際の辞書ではこうなっている。
「物を買うふりをしてそっとぬすむこと、また、その人。」(小学館・新選国語辞典)
「買い物をするふりをして、店頭の商品をかすめとること。また、その人。」(広辞苑)
そして新解さんは...
「店員の見ていない隙に売り場の商品を手に取り、
自分の持ち物(買った物)であるかのように見せかけて店外に持ち出す・こと(人)。」
さすがにリアルだ!
HOW TO 万引きの指南書みたい...。
さらに面白かった「主婦」については、また次回に...。

2010年10月11日
下着にオシャレ?
夜テレビを見ながらくつろいでいたら、何かが顔にぶつかってきた。
中型の蛾だ。
ハエたたきで一撃したが、まだ生きている。
少しひしゃげて、いつもは閉じている前翅が左右に分かれた。
その隙間から見えた後翅の美しさに驚嘆!
まるでルリタテハのような鮮やかな水色だ。
ネットで調べたら、フクラスズメという名らしい。
この蛾、人家の周辺でも珍しい種ではない。
今までも何度も目にしている。
ところが留まっているときはもちろん、飛んでいるときにも
めったに後翅を拝むことはできないようだ。
地味な印象の、いかにも蛾という外見なのに、
人目につかない所でこんなオシャレをしているなんて...。
蝶は好きでいろいろ写真も撮ってきたが、
こんなシブイ蛾を知ってしまうと、これからそちらにものめり込みそうだ。
それにしても、いったい何の目的であんな色をしているのだろう?
何のために隠しているのだろう...?
最近は虫が苦手な子が多い。
塾の窓から入ってくる小さな羽虫も殺せない。
蝶でも怖いらしいので、蛾など飛んで来ようものなら男子も含めて大騒ぎだ。
私の昨夜の感激、彼らには到底わかってもらえそうにない。


※自分で撮った写真はピンぼけだったので、あるサイトの画像をお借りした。
中型の蛾だ。
ハエたたきで一撃したが、まだ生きている。
少しひしゃげて、いつもは閉じている前翅が左右に分かれた。
その隙間から見えた後翅の美しさに驚嘆!
まるでルリタテハのような鮮やかな水色だ。
ネットで調べたら、フクラスズメという名らしい。
この蛾、人家の周辺でも珍しい種ではない。
今までも何度も目にしている。
ところが留まっているときはもちろん、飛んでいるときにも
めったに後翅を拝むことはできないようだ。
地味な印象の、いかにも蛾という外見なのに、
人目につかない所でこんなオシャレをしているなんて...。
蝶は好きでいろいろ写真も撮ってきたが、
こんなシブイ蛾を知ってしまうと、これからそちらにものめり込みそうだ。
それにしても、いったい何の目的であんな色をしているのだろう?
何のために隠しているのだろう...?
最近は虫が苦手な子が多い。
塾の窓から入ってくる小さな羽虫も殺せない。
蝶でも怖いらしいので、蛾など飛んで来ようものなら男子も含めて大騒ぎだ。
私の昨夜の感激、彼らには到底わかってもらえそうにない。


※自分で撮った写真はピンぼけだったので、あるサイトの画像をお借りした。
2010年10月08日
できの悪い子ほど可愛い?
長年阪神ファンをやっているので、ある程度予想&覚悟はしていた。
それにしても、本当に「ここぞ!」で勝てない。
勝負所で弱すぎる...。
今シーズンのラストゲーム。
勝てばセ・リーグ2位確定という試合だった。
クライマックスシリーズを甲子園で開催できる権利を、自力でつかみ取るはずだった。
相手は最下位の横浜。
打つ方の主力である外国人2人はすでに帰国している。
しかも投手は防御率10点越えで今季未勝利。
失礼ながら、楽勝だと思っていた。
でも、阪神のことだからもしかして...という不安も...。
結局0対2で完敗。
ランナーは出るのだが、チャンスで主力がことごとく凡退。
今年何度も見てきたパターンだ。
終盤には、チャンスが来ても、どうせダメだろうと期待しなくなっていた。
で、今年2本目という松本と、プロ初安打という筒香にホームランを浴びて終わり。
なんだ、この情けない試合は...。
東京ドームでは、負けてくれるかも(これでも阪神2位確定)...と期待した読売が、
投手部門3冠の広島・前田健太を打って勝利。
阪神は3位に落ち、今日読売が負けてくれなければ、甲子園には戻れなくなった。
読売や中日は大事な試合はほとんど落とさない。
阪神は逆にほとんど負けているのではないか。
やはり精神面の脆さなのか?
メンバーが替わっても、この悪しき伝統は脈々と受け継がれているようだ。
優勝が懸かるどころではなく、
たかだか勝てば2位という程度の試合でプレッシャーに負けてガチガチとは...。
これではクライマックスシリーズの戦績も目に見えている。
昔から、何度裏切られてきたことか。
何年、悔しい情けない思いをしてきたことか...。
それでもファンをやめられないのは、できの悪い子ほど可愛いという心理か?
確かに、何年も続けて優勝という優等生では、少々面白味に欠けるかも知れない。
それにしても、何年も続けてあと一歩の所で最後に失速という問題息子は苦労の種だ。
性根から鍛え直さなくては...。
そんなファンの声には耳も傾けず、来年も監督、コーチは留任だという。
こりゃあ当分優勝は無理だな...。
生きている間にはなんとか実現してほしいものだが...。

それにしても、本当に「ここぞ!」で勝てない。
勝負所で弱すぎる...。
今シーズンのラストゲーム。
勝てばセ・リーグ2位確定という試合だった。
クライマックスシリーズを甲子園で開催できる権利を、自力でつかみ取るはずだった。
相手は最下位の横浜。
打つ方の主力である外国人2人はすでに帰国している。
しかも投手は防御率10点越えで今季未勝利。
失礼ながら、楽勝だと思っていた。
でも、阪神のことだからもしかして...という不安も...。
結局0対2で完敗。
ランナーは出るのだが、チャンスで主力がことごとく凡退。
今年何度も見てきたパターンだ。
終盤には、チャンスが来ても、どうせダメだろうと期待しなくなっていた。
で、今年2本目という松本と、プロ初安打という筒香にホームランを浴びて終わり。
なんだ、この情けない試合は...。
東京ドームでは、負けてくれるかも(これでも阪神2位確定)...と期待した読売が、
投手部門3冠の広島・前田健太を打って勝利。
阪神は3位に落ち、今日読売が負けてくれなければ、甲子園には戻れなくなった。
読売や中日は大事な試合はほとんど落とさない。
阪神は逆にほとんど負けているのではないか。
やはり精神面の脆さなのか?
メンバーが替わっても、この悪しき伝統は脈々と受け継がれているようだ。
優勝が懸かるどころではなく、
たかだか勝てば2位という程度の試合でプレッシャーに負けてガチガチとは...。
これではクライマックスシリーズの戦績も目に見えている。
昔から、何度裏切られてきたことか。
何年、悔しい情けない思いをしてきたことか...。
それでもファンをやめられないのは、できの悪い子ほど可愛いという心理か?
確かに、何年も続けて優勝という優等生では、少々面白味に欠けるかも知れない。
それにしても、何年も続けてあと一歩の所で最後に失速という問題息子は苦労の種だ。
性根から鍛え直さなくては...。
そんなファンの声には耳も傾けず、来年も監督、コーチは留任だという。
こりゃあ当分優勝は無理だな...。
生きている間にはなんとか実現してほしいものだが...。
